帰還2
※[GTS]設定。GTSについては『TFGF(TF Cybertron)作品について』をご覧ください。
吠えるタイヤ
きしむウィング
刻むビート
――これが
レースだ!!
「ゴーーーール!! 新たなリーダー決定の瞬間だーー!」
歓声が上がる中、中継TFの声がマイク越し伝わる。予定通り開催されたリーダー争奪レースの結果は、予想通りオーバーライドの勝利となった。
「リーダーの座は、お前に還すぜ」
二位でゴールラインを通過したエクシゲイザーが、優勝者へと歩み寄っていく。
「やけに潔いね?」
猩々緋色模様の彼女が疑問を向けると、この惑星のリーダーを任されていた、いや前リーダーと言った方が今は正しいだろう。
「レースに負けた訳だしな。スピーディアのリーダーって立場にももともと興味はなかったし」
悪くはなかったけど、と苦笑しながら答える。
「それに、惑星スピーディアには既にリーダーにふさわしい奴がいるだろ?」
ニッと人懐っこい笑みを浮かべる目の前の相手。言われた事にオーバーライドはしば叩かせるようにアイセンサーの強弱を切り替えている。
「って事で、もう俺はただのサイバトロンだ」
そこまで良い終えて、あ、と彼は思い出したように続ける。
「だからってレースは辞めないぜ! 勝ち負け関係なく、いつまでも走り続けてやる!」
威勢良く宣言されたが、その後に「まあ、リーダーの座は遠慮しとくけど」と呟いた彼に小さく笑いが漏れた。
再びこの手に取り戻した惑星スピーディアのリーダーの地位。
以前は最速となった勝者という称号の後に、勝手につけられた興味など持てない無価値なものでしかなかった。リーダーなんて立場でこの惑星とも刺激のない住民とも関わるなんて無意味に思えて、ただ己の速さのみを追求していた。
けれどいつしかスピーディアも住民も護るべき大切なものとなり、決して失いたくなどないと思った。レースの在り方、住民の想い、それらと真剣に向き合いたくて、その為に改めてリーダーとして惑星スピーディアの地を踏むことを決意していた。
「しかしお前、ホント速くなったよな」
どこでどんな技術身に付けたんだよ。少し興味ありげなエクシゲイザーに今のレースを見た通りだよと思考の中で呟いて、そういえばもうひとり見ていて貰っていたはずの存在を思い出す。惑星スピーディアのリーダーに再びなれた瞬間を最も見ていてもらいたかった相手。
確かいつもなら鼻摘みコンビやオートランダー達と騒がしくしていた雰囲気が今は感じられなくて、向けられているエクシゲイザーの視線をかわして辺りを見渡す。
しかしそこには目的の人物の姿どころか空気さえ存在してなくて。集中する神経、一瞬停止する思考。
「どうしたんだ?」
不思議そうにするエクシゲイザーの声に引き戻される。
「あ、いや……」
言葉を濁すオーバーライド。その背後に近寄る小柄な影がひとつ。
「オーバーライド」
名を呼ばれて振り向くと、そこにはオートランダーが立っていた。顔を向けるとその口は静かに開かれる。
「あやつなら終わった途端さっさと行ってしまったわい」
誰が、と訊く事は無かった。
「どこに行ったかは知らん。レースも無事終了したことじゃし、後は自由にしても良かろう」
オートランダーの穏やかな瞳。少しくたびれたように見える老体のその奥に微かに残る熱はベテラン故の闘志。諦めない心はどの時代になっても消える事はない。だからこそこの場にいない彼の気持ちに気付いたのかもしれない。
自由に、の裏にあるオートランダーなりの気遣い。それに気付いて目をふせるようにアイセンサーをオフにする。
この惑星のレースの在り方、速さに対する考え。それらをリーダーとして皆に伝えるより先に、どうやらやらなければならない事が出来てしまったようだ。
「世話が焼ける……」
明を捉えて呟き小さく息をついた。
道路に併設されたとある休憩所。そこから少し奥に行った所に向かう影が一つ。
「やっぱりここにいた」
「…………」
向けられたのは不機嫌な顔。再び前を向いた紫と緑にダークレッドの巨大なタイヤを持つ人物。
「何ふて腐れてんの?」
「…………」
訊くも返事は無く。しかし思い当たる原因はおおよそわかっている。
「ねえ……」
「うっせえな、用なんかねえだろどっか行けよ」
荒々しく吐き捨てるように口にした彼は、オーバーライドに背を向けてどかりと座り込んでしまった。その様子に、ああ根は深い、と頭を抱える。
「“見てやる”んじゃなかったの?」
あの時彼が言った言葉を彼女が口にする。ピクリと揺れる肩。威勢良く言ったは良いが実際に対面した現実に沸き起こったもの。
「お前にわかるかよ……」
静かに呟くインチアップが拳を握り締めている。小刻みに震える背中がどことなく弱く見えて、なんだか少し切ないような悲しいような気持ちになった。
「確かにそうだ」
わからない。わかりっこない。
「私はずっと勝ち続けてきたから、敗けっぱなしの君の気持ちなんてわからないよ」
「っ!」
反射的に振り返った彼と視線が合う。睨んでくるようなそれ。
「お前、ケンカ売ってんのかよ……」
向けられているのは憎しみに似た感情。
「バカにすんじゃねえ!!」
「そんなの想像でも私には少しもわからない」
だから、と続けながら近付いていった彼女は、静かにインチアップの目の前にあぐらをかいて座り込む。自分の躍起さと異なり静かな物言いに少し驚いた様子だった彼の目に気付いたが、特に気にせず続けた。
「言ってよ。言ってくれなきゃわからない」
視線を向けながら伝える。リーダーになれたからといって、全てを理解できるような術も経験も己には足りなくて。
「バカになんてしてないよ。速さではまだまだ下だとは思ってるけど。あと相変わらず技量もいまいちだしキレも甘いね」
「なっ……テメ……!」
「とは言ってるけど私だってまだまだ未熟者だとわかった。だから少しでも上を目指している」
巧くやる術を知らないから、身近で今までしてきた速さで考えるしかなかった。そうする事でしか自分の想いを伝えられないとわかっているから。
「だからこそ惑星スピーディアのリーダーの地位を取り戻して、君ときちんと会おうと思ってた」
リーダーを他者に譲ったままなんて情けなくて、面と向かって会えずにいたんだ。オーバーライドの言葉にインチアップは顔をうつ向かせる。
「それが悔しいんだよ……お前もアイツも更に先に行きやがって……。そうやってお前らは目標に辿り着いてんのに、俺は何も変わっちゃいねえ!」
震えを帯びた声が荒上がる。
「自分の力の無さが情けなくてたまんなくなって」
「…………」
「あの場にいるのが辛くなった」
「うん……」
彼が口にする思いをオーバーライドは静かに聴いていた。不器用な彼が紡ぐ言葉、そこから少しでも彼を理解したくて、自分の音波収集装置に意識を集中させる。
不意に向けられた顔。視線が重なる。
「こんな情けねえ俺にも男としてのプライドがある……」
その言葉の意味。彼とは違って自分が女だということ。
そういえばローリが言っていた。どうやら男はいつもイイ格好しいらしい。そんなのどうでも良いのに、そう思いながら彼女が溢す。
「じゃあ、速くなって」
今よりも、誰よりも。自分よりも。
「速くなって、いつか前を走ってよ」
いつになるかなんてわからない。そんな未来はただの幻想かもしれない。だけど少しだけ望んでしまった。
「それまでココにいるから」
ココ、とは一体どこの事を言っているのだろうか。思い浮かんだ考えには微量の甘さが含まれていて、言われた事がどこか告白まがいに感じて思わず相手をまじまじと見る。
「そういえば、言い忘れてたんだった」
「あ?」
「ただいま」
「…………」
視界に映る彼女が口の端を上げている。その雰囲気があの時のような色あるものを漂わせていて、反応している自分に気付いたインチアップは困惑を露にした。
「お、前……」
それは反則だろ、と思った言葉は最後まで繋がることなく、縮こまるように視線を外した彼の中に吸い込まれていく。その様子に何だろうとオーバーライドは不思議そうにしていた。
暫く漂った沈黙の後、微かに動く口元。
「おう……」
注意しなければ聞き取れないほどの小さな発声音。聞き間違いかと思ってしまいそうになったが、見てろよ、と続いた台詞の直後、顔を上げたショッキングピンクが微かにこちらを照らす。
「……見てろ、時間がかかろうがいつか必ず追い付いてやる。いやぜってー追い抜かしてやるからな!」
そこに宿る光には先程までの苛立ちはなく。まっすぐ相手を見据える表情からはもう戸惑いさえも消えているらしく、単純な奴との感想が思い浮かんだ。
「めいいっぱい頑張ってよ」
「なんか信用されてねえな……男に二言はねえっつの」
同時にほんのりと発する微弱な熱。それがメモリーを支配して余計な言動に及んでしまわない前にと考えてオーバーライドはその場から立ち上がる。
「後を、ついてきて……」
「……あ? なんか言ったか?」
疑問の声に一度視線を向けるが、クスリと小さく笑みを返しただけで彼女は背を向け歩きだした。
「…………?? なんだあ?」
理解していない相手をそのままに。
――いつまでも後を追いかけてきて。そのために私も今より速くなるから。
――ずっとココにいるから、いつまでも追いかけてきて。
――そして共に分かち合おう、レースをする楽しさを、速くなる悦びを。
この惑星スピーディアで――。
<終>
***
ここまで読んでくださりありがとうございました。
2012.09.07 up