帰還1
※[GTS]設定。GTSについては『TFGF(TF Cybertron)作品について』をご覧ください。
惑星スピーディアのとある道路上に、競争し合う二つの機体があった。
「オラオラオラオラ! まだまだイケるぜ!!」
活気を揚々とひとり騒いでるのは紫色のモンスタートラック。その後方に続くのは水色の装甲車。
コーナーに差し掛かったところで、水色の機体――エクシゲイザーが隙を見て追い抜こうとタイヤを華麗にさばく。
そんな時、二体の間に突如割り込んできた影があった。
「おあ? 誰だてめえ!」
ピタリと貼り付いて離れない謎の人物。紫色のインチアップが咄嗟に声を上げる。
エクシゲイザーがこの惑星スピーディアの新リーダーになってからというもの、どこからかフラリと現れるガスケットとアームバレット、馴染みのあるスキッズ、そして自信のある者、走ってみたい者など大勢を含めてレースするのが定例化していた。
そんな皆でワイワイ楽しむ方法はエクシゲイザーが提案して始まった遣り方だが、その中で優勝争いをしているのはやはり限られており、その為にエクシゲイザー達に遅れを取らない見慣れない謎の存在に不可解な顔が向けらる。
「今は忙しいんだ、他所へ行ってくれないか」
エクシゲイザーもせっかくのレースを邪魔をされるのは耐えられなくて少し強めに言う。
しかしその影は全く退かずに無言のまま、いまだ二人の間に割り入っていた。しかもそのスピードは一向に落ちる気配が無い。むしろジリジリと前に出られているのに気付いて、インチアップは驚きのような困惑のようなものを感じていた。
考えるよりも、声を発するよりよりも先に更に前へと作られる距離。エクシゲイザーも焦りを感じてエンジンをフル回転させている。
そんな二人の焦燥感を読み取ったのか、一層作られる距離。そして更に上げられたスピードで真っ先にゴール地点を通過してしまったのだった。
「な……なんだって!」
「マジかよ……!」
急停車する謎の機体。直後、ゴールした二体もビークルモードのまま急ブレーキをかける。流れる沈黙。
そんな緊張の最中、ロボットモードへとトランスフォームしたエクシゲイザーが近付いていった。
「誰だか知らないけど、速いじゃないか」
こんな奴がまだいたなんて、と悔しさの中に見える好奇心。インチアップもロボットモードへと変形してエクシゲイザーの隣に立つ。
「ん……?」
その時初めてじっくりと見たビークルモードに微かな既視感を感じて小さく声が漏れた。
黒と明るい灰色をベースにした車体に猩々緋色で彩られた模様。そのシックさ漂うフォームには凹凸の中に丸みを帯びた、だがスピードを考慮した絞まりと滑らかさが残る。
「良かったら名前教えてくれよ」
面白い相手が見付かったと言わんばかりにエクシゲイザーが近寄る。その様子をインチアップは後方で眺めながら、このなにやら引っ掛かるものは何なのかと考えていた。
しかし考え虚しく答えを導き出す前に目の前の機体がトランスフォームし、合点に行き着いたのだった。
「「オーバーライド!?」」
配色は違うが、嫌と言うほど見慣れたその姿形は明らかに彼女そのもので、驚きを露にする二人。
「お前、帰ってきてたのか!」
「ということは、新スペースブリッジ、完成したのか?」
元々サイバトロン軍という事もあり多少なりとも気にしていた様子でエクシゲイザーが疑問を口にする。
「まあね。まだ調整しないといけないみたいだけど」
とりあえず私たち建設隊は一時解散する事になったんだ、とオーバーライドが説明する。詳細はわからないが、計画が順調に進んでいる事はインチアップにも理解できた。
「そしたらちょうど君達が競争してるのが見えたから、ちょっと楽しませてやろうかなって思って」
「なんだよ。誰だかわかんない奴が急に現れて気が気じゃなかったぜ」
息をつき苦笑するエクシゲイザーにオーバーライドは笑いを向ける。その後方からインチアップが久方ぶりに目にする相手を眺めていた。
「……なに?」
まじまじと全身を見られている事に気付いて彼女が訊く。
「お前、変わったなあ……」
眺める顔はそのままで思った事を口にする。
以前の明るい配色に比べると全体的に暗さを帯びていて、その身体もまとう空気も引き締まって見える。顔を上にずらしていくとこちらを見る視線とぶつかった。
「…………」
瞬間、感じた違和感。無言のまま相手を見続ける。
――……あれ? こいつってこんなに……。
思い浮かんだ考えに自分でも驚いて、インチアップは反射的に視線を反らしていた。
「なあ、解散って事は自由なんだろ? 走ろうぜ!」
先程抜かされた事に悔しさはあったが、速い奴と走れる嬉しさに満面の笑みを浮かべるエクシゲイザー。
「え、ああ、構わないよ」
オーバーライドが肯定の意を述べるとエクシゲイザーから、よっしゃあ! と歓喜の声が上がった。
「ワクワクするぜ!」
「変わったって見せてあげる」
クスリと目を細めて微笑む彼女。その横顔にインチアップは思わず見とれてしまっていた。
――こいつってこんなに……色っぽかったっけ……。
今まで彼女に対して感じたことの無かった感情。突如沸き起こったそれが理解できなくて消し去るように頭を振った。
「君もだよ」
「は?」
その時、不意に呼ばれてビクリと小さく肩が跳ねた。
「言ったでしょ、見てくれるって」
「ああ……あったなそんなの……」
言われて、そういえば、と以前宣言した事を思い出した。そんな過去の事を覚えていたなんて驚きで。同時に、あの時の場面がメモリーから微かに呼び起こされて踊る気持ち。
僅かに騒ぎ立てる心の内にぶっきらぼうな態度でいるのが精一杯で。だけど、運が良いことに二人には勘づかれていないようで少しだけ安心した。
「ゴールは次の判定地点な」
エクシゲイザーの声と共にスタートへのカウントダウンが始まる。切り替わるライトの色。少し張り詰めた空気に一瞬一瞬がスローモーションに映る。
「GO!!」
始まったレース。スタートダッシュしたオーバーライドとエクシゲイザーが先を行く。
「くっそ……」
もともとスタートダッシュは苦手なのと、先程からのざわつく気持ちに集中力が分散して、己の動きには一層キレが欠如してしまっていた。
加えて、自分と走っていた時とは明らかに違うエクシゲイザーの速さ。これまで力を抜いていた訳ではないとは思うが、恐らく速い相手に本来以上の力が無意識に出ているのだろう。そののびしろに、まだ可能性がある事に、インチアップは今日初めて焦りを感じた。
「俺じゃまだ役不足かよ……っ!」
粋がって見てやる、とは言ったものの、これだけの時間が経ってもちっとも近付けない相手。自分なりに少しは速くなったと思っていたけれど、再び二体の後ろ姿を追うことしか出来なくて苦虫を噛み潰した。
レース終盤は想像通りオーバーライドとエクシゲイザーの一騎討ち。少し遅れてインチアップがゴールラインを通過する。
「負けたか〜」
判定を見てエクシゲイザーが言う。
「と言うことは、惑星スピーディアのリーダーの座は……」
そこまで口にしてオーバーライドから制止される。疑問の顔の彼に彼女は小さく笑みを向けた。
「それは、正式なレースで決めよう」
ギャラリーがいた方が盛り上がるし、何よりその方が楽しいし。そう続けられた台詞にエクシゲイザーは、そうだな、と同意。
「君もね」
「…………」
振り向きかけられた言葉。合わさった視線のままフッと笑われてドキリとした。
「じゃあ、次のレースで会おう」
「おう! 俺もスキッズ達にメンテして貰うか」
レースの約束だけしてオーバーライドは早々と立ち去る。続いてエクシゲイザーもどこかへ向かっていってしまった。
そしてその場にひとり残されたのインチアップ。
「…………」
次第に小さくなっていく二つの姿を無言で眺める。このやりきれない気分を、仄かにざわめく気持ちをどう解したら良いかわからずに、己の拳を強く握り締めていた。
<終>
***
まだ少女色を帯びていた存在が、いつの間にか女性になっていてドキリとする瞬間。
2012.08.29 up