捕獲   ――kiss series

※[GTS]設定。GTSについては『TFGF(TF Cybertron)作品について』をご覧ください。


 惑星スピーディア。そこではいつものようにレースが行われていた。
「いけるか!?」
「おっと、そうはさせないよ」
先頭を走るオーバーライドに詰め寄るエクシゲイザー。しかしコーナー内、彼女は華麗なドラフトで回避する。そして最後の直線コース。
「先へは行かせないよ!」
「うおーーっ! 絶対勝ってみせる!!」
ゴールする二人。素早くロボットモードにトランスフォームして判定を待つ。ピッと電子音がして映ったモニター画面は、オーバーライドが僅かにリードしているものだった。
「よしっ」
「くっそ〜〜、また負けかよ!」
そうしていると次々とゴールラインを通過する者達。同じくロボットモードにトランスフォームして、その内の一人であるインチアップが後ろを睨む。
「おい! てめぇらが邪魔すっから勝てなかったじゃねえか!」
睨んだ先にいたのはガスケットとアームバレットで、彼等も負けずと相手をにらみ返す。
「うっせー、あんくらい避けろってんだ!」
「そうなんだな。お前ちょっと動き鈍くなったんじゃないか」
言われた事にインチアップはこめかみの辺りをピクピク。
「あーあ、またやってるよ」
恐らく自分達の後方で何やら取っつきあいがあったのだろう。苦笑するエクシゲイザーにオーバーライドも呆れ顔。
「覚悟しろよてめえら……」
今にも飛び付きそうな人物に近寄って、オーバーライドはその腕を掴んだ。
「やめときなって」
「うるせえ離せ! あいつら殴らねえと気がすまねえ!!」
捕まれた腕を振り払わんとする。らちが明かないと思い、オーバーライドは一度強く腕を引きこちらに向かせた。
「レースはとっくに終わってるんだ」
「っ!!」
ハッとしたかのように、言われた相手を見るインチアップ。レース内での出来事はレース内で、それは惑星スピーディアでの共通のルールだ。
緩めた手から力無く持ち主の元へ戻る紫とダークグレイの腕。
「そうだったな……」
忘れるとこだったぜ、と呟く。
「済まねえ。言ってくれて助かった」
そんな彼に安堵の息をつくオーバーライド。
「わかってくれれば良いよ」
「おう、サンキュー」
以前のような蟠りはもう存在していなかった。昔だったら見下されたと判断して彼は余計に突っ張っていただろう。
変化をもたらしたのは、互いの気持ちが向き合えたから。一人じゃ決して得られなかった関係。
 口の端を上げたインチアップを見詰めたままオーバーライドが微笑む。そんなどことなく良い雰囲気になりかけている所に割って入ってきた声。
「お前らさあ、そういうのは別の所でやってくんない?」
さも興味なさげに言ったのはエクシゲイザー。
「見せ付けてくれちゃってまー」
「そうなんだな」
続くようにガスケットとアームバレットが溜め息混じりで口にする。
「み、見せ付け!?」
ババッという効果音が聞こえてきそうな勢いでインチアップが声の方へ向いた。え? え? と、混乱したような態度に、恐らく彼はそういうつもりは一切なかったのだろう。オーバーライドは一瞬呆気にとられたが、なんだか彼らしくて笑いが込み上げる。
「おい、笑うなよ!」
抗議されるが、少し恥ずかしがってる姿に凄味は皆無で。そんな二人が周りから見れば尚も世界を作っているように見えていたようだ。
「ギャラリーは消えるからあとはお好きにどうぞ」
半分呆れたようにエクシゲイザーが笑いながら背を向けた。お前らも行くぞ、とアームバレット達に促して進んでいく。
「ちっくしょー、僕だっていつかは!」
最後にそれだけ残して三人は早々と去っていった。
「え……そういう意味だったのか?」
恥ずかしさと困惑をいまだ顔に浮かべたまま彼が言う。そっちの面では相変わらずかなりの鈍感だ。
「気付かせてくれた彼等に感謝したら?」
面白げに言うと、面白くなさそうな顔が向けられた。ふて腐れた様子にも笑みが溢れるほどこの心は彼で染まっている。
「……ムカつく」
「ん?」
「ぜってー近付くんじゃねえぞ!」
そう叫ぶのと同時にインチアップはビークルモードにトランスフォームしてしまった。何事、とオーバーライドは疑問を浮かべるが、去っていく後ろ姿は見ていると追い掛けてやりたくなる。
「後を追うのは好きじゃないけど」
なぜだか彼に対してはそうは思わない。むしろ逃げる者を捕まえたくなる気分が今は強い。ワクワクしている。
彼女も素早くビークルモードにトランスフォームしてエンジンを回転させた。


 そう経たずして追い付き肩を並べたオーバーライド。気付いたインチアップが悔しげに声を漏らす。
「ついて来んな! どっか行け!」
「やだね」
「何なんだよ!!」
レースでは惨敗だし、今は早さで追い付かれるし、拒んでも引っ付いてくるし、わけがわからずインチアップは声を荒げる。そして混乱で乱れた気持ちが作った隙。曲がり角、軌道を外して隣にいる人物に接触してしまった。
「危ない……っ」
「……うわっ!」
しまった、と思った時には既に遅し。スリップするインチアップ。
「やべ……!」
横にいた彼女を巻き込む瞬間がスローモーションで目に入って、咄嗟にロボットモードにトランスフォームした。迫る地を足で力一杯蹴って道路脇に飛び込む。背中で土を削りながらやっと静止した体。
「いってえ……」
苦痛に顔を歪ませると、その視界に影が落ちた。
「バカだね」
視線を向けた先には自分の上に乗っかっているオーバーライド。彼女もいつの間にかロボットモードにトランスフォームしていた。
「だってお前関係ねえだろ……」
自分勝手に騒いで転がって。一方的に大怪我させたり土まみれさせたりなんて、例えこんなにガサツな自分でも情けなくてできやしない。
「ほんとバカ」
そんなにヤワじゃないのに、と彼女が言う。
「バカにも程がある」
「バカバカ言うな! 自分でもわかってるっつの!」
「……照れ隠しってわかってよ」
「あ?」
トントン、と指で示された先に目をやる。そこには彼女の腰に添えられる自分の手。
「いぃっ!?!?」
反射的に腕を放してインチアップは彼女から離れようとした。しかし逆に肩を強く押されて再び地面と猩々緋色の体に挟まれる。
「速い奴や先に行く奴がいると抜かしたくなってウズウズするんだ。逆に追い掛けてくる奴等は勝手にしてって思う」
だけど、と目の前を見つめて続ける整った顔。
「君が逃げると捕まえたくなるんだよね」
いままで追ってくる側だったからこそ余計に。静かに口にするオーバーライド。
「なんだろう……獲物?」
「狩りかよ……」
俺なんかお前の何の役にも立たねえぞ、と困った表情。オーバーライドは小さく笑う。
「ほんとバカだね。損得じゃないよ」
「うっせえな……」
バカバカ言いやがって、とブツブツ文句を口にする彼。果てしなくバカで鈍くて、だけどそんな所も心の奥に染み込んでくる。
肩に置いた力はもう弱まっているのに押し退けない彼の態度にほんのり募る期待。見詰める先の頬に触れて、その唇に指を這わせる。
「おい……」
驚きと疑問が合わさった声がするが、聞く耳待たずに尚も動かされる指。色の違う下唇が好きなんだ、とオーバーライド。
 唇を触られ続けるというどこか妙な空気の中、触れる指先が妙に優しげで、接触する心がソワソワして妙な気分になる。次第に湧き出す下心。
「お前さ、いつまでもこんな所に居ると埃まみれになるぞ」
「別に良いよそんなの。いちいち気にしてたら君の側に居られない」
閑散したくて訊いてみるも、返ってきた答えはその容量範囲を上回る。
全てを見透かしたように不敵な笑みを浮かべる彼女。急激に身体と気分が高まっていく。目が離せない。
獲物ってこういう意味か、とインチアップは意識の隅で思った。自分はとっくに捕獲されていたんだ。
「その気にさせたのはお前だからな……」
インチアップの言葉に不思議な顔が向けられた。その拍子に動きの止まった指を掴み下方に引っ張ると、バランスを崩した身体が横に少しずれ落ちる。そのタイミングを見計らってインチアップは半分覆い被さる形で彼女を組み敷いた。
 自分がされたように目の前の唇にそっと触れる。形の良いその柔らかさに、ふうん、と彼が漏らした。一瞬彼女の瞳が揺れるが、それは直ぐに消えてしまい、そしてパクッとくわえられる指。
 今度はインチアップが驚きに相手を見詰めた。その時の目を細める表情が、やんわりとくわえる唇がどこか色っぽくて、身体中のパルスが波打つ。
「……誘ってんのかよ」
初めて見る彼女の知らざる一面。
低い声で言うと、目の前の口元が小さく笑う。こんな場面ですら捕らえられているのは自分のような気がして、インチアップは口の端を持ち上げた。
やはり彼女には敵わない。
「嫌がっても、もう止めてやんねえ」
 指を引き抜き、最後にそれだけ言うと顔を近付けていく。押し付けるように唇を合わせた。
贔屓目でも決して上手くはない彼からのキス。力任せで乱暴で不器用なそれは、さも彼の性格を表しているようで、オーバーライドからクスリと笑みが漏れる。
彼とこうして重なり合う悦びを知って、彼の全てが愛しくて堪らない。
「ねえ……」
好きだよ、と小さく漏らすオーバーライド。驚いたインチアップが顔を離す。
「え……何……」
少し戸惑った顔が向けられる。 「いや、お前がハッキリと言うのって初めてだなと思って……」
「そうだっけ?」
加速する気持ちに素直に行動してきたつもりだったけど、ストレートな想いは表していなかったようだ。
「ん〜、なかなか」
何やら一人で納得しているインチアップに視線を向けると、気付いた瞳と重なりあう。
「おい、もう一回言えよ」
「何を?」
「わかってんだろ」
「あのさ……」
余程良かったようで、満悦した様子の笑顔。少し気味が悪い。
だけど初めて口にされた気持ちならば、そうなっても仕方がないのかもしれない。
「そのうちね」
小さく笑いを含んで答えた。彼は不服そうにして息をつく。そして身体を倒して地面を背に仰向けになってしまった。
「お預けくらったー!」
だけど、さほど悔しがっていないような明るい声。そのまま天を眺めるショッキングピンク。
「良い天気じゃねえか」
空を仰ぐと広がる雲一つ無い青。照らす光が眩しい。
「あ……無性に走りたくなってきた」
もったいねえ、と呟いたかと思えばガバッと起き上がる上半身。
「なあ、走ろうぜ!」
「え? 構わないけど……」
エクシゲイザー達をまた呼ぶのかと疑問を向ける。
「どっちでも好きにしろよ。むしろ走ってればそのうち会うだろ」
「まあ、確かに」
「つう事で俺は行くぜ」
トランスフォーム! とビークルモードに変形したインチアップ。エンジンを温めている横にオーバーライドも並ぶ。
「じゃあ、誰か見付かるまで競争ね」
「望む所だ!」
先制してやる、と現在の場所に良機嫌に彼が答えた。確かにこんなデコボコした土の上にいる限りあっちの方が有利かもしれないけれど、オーバーライドはフフンと鼻で笑う。
「どこであろうと遅れはとらない」
己の走りにそんなの関係無かった。例え誰であっても、まだまだ勝者の座は譲り渡す気はない。
「行くよ、GO!!」
「イヤッホ〜〜!」
走り出す猩々緋色と紫。彼等を含む惑星スピーディアの者達のレースは、今日もどこかで行われている。


<終>


***
プチバレンタイン〜ホワイトデー企画『それぞれのキスの仕方』シリーズ。

オバラインチはあまりキスに対して悦びを求めていないイメージ。彼等はやはり走る事が最大。

海外設定でRansack(ガスケット)はOverrideに片想いしているとの事で、それをほんのり出してみた。 クロミアたまといい、ガスケットって恋多き子?それをランドバレット(アームバレット)は少しハラハラモヤモヤしながら横で見てたら可愛い。


2012.03.02 up