旅立ち2


 時は過ぎ行き、新スペースブリッジ計画のため旅立つ日がやってきた。地球に集まる各者。様々な姿のトランスフォーマーがいて賑わいを見せる港。
「ホントに行くのかよ」
大荷物を背負い準備OKなオートランダーに、見送りに着いて来たインチアップが不安そうに言う。
「当たり前じゃ、わしゃまだ走れるぞ!」
依然としてやる気充分な小柄な人物。
「荷物、持ちましょうか?」
「まだまだ若いモンには負け〜ん!」
共に乗るらしいブレンダルが気遣うも、オートランダーはそれを断り勢い良く飛行船へ向かっていってしまう。
「やれやれだな……」
苦笑混じりで呟くインチアップ。
「ところでコレどうすんだよ」
抱えたままの荷物はオートランダーに運ばされたもの。既に飛行船の中へ入ってしまったので持ち主はそこにはいない。
「アンタこの船なのか?」
飛行船へと伸びるスロープへ乗ろうとしていたブレンダル。見上げるその大きさに少し度肝を抜かれつつ訊くと、肯定の返事が返ってきた。
「悪いんだが、コレさっきのじいさんに渡してくれないか?」
「ああ、構わないよ」
二つ返事で貰えた了承。巨体に少しビビりはしたが、その心意気の広さに緊張が解れていく。
「アンタ良い奴だな。悪気はねえんだ、あんなじいさんだけど宜しく頼むよ」
済まねえな、と大きな掌に荷物を預ける。そのやり取りを最後に巨大な彼はスロープに乗って船へと向かっていった。
「いろんな奴が関わってんだな」
計画の為に旅立つ者達。その中には自分が良く見知る者も含まれていて。
「宇宙か……」
ぼんやりと特定の人物を思い浮かべる。ずっとそいつに勝つ事だけしか頭に無くて、勝負事しか自分の中に無かった過去。
だが仲間として共に協力し、共に肩を並べる事ができると知った。その時の空気をまた感じたくなっている自分。あの時の心地好さを思い出すと、じわりと内に宿るこの温かさは一体何なのか。触れてくるアイツを思い出すと、嫌気よりむしろ胸躍るのはどうしてなのか。
一度ならず二度も故郷から出て行ってしまう。この飛行船に乗る予定の――。
「何ボケッとつっ立ってんの?」
白に朱色のアクセントが利いた正しくその人物が突如目の前に現れて、インチアップは口を開けたまま固まる。
そんな態度に不可解な顔が向けられるのは当然とも言えよう。しかし正直に“お前の事を考えていた”など言えるはずはない。
「あーその……じいさんならとっくに乗り込んでるぜ」
視線を反らして気まずそうにするインチアップ。我ながら情けないと思う。パワーあっての自分なのに、どうしてかかつてのように攻めの姿勢が出来ない。
「そう……。私もそろそろ行かないと」
オーバーライドは特に反応も返さずそれだけ言うと歩を進める。
違う、違う、そうじゃない。今の自分がどうなってるのかいまいち良くわかっていないけれど、暫く会えないと思ったら今更になってやたら残念に思った。寂しいとはまた違う感情。また肩を並べてみたい、そう願ってしまった。
「おい!」
それだけはどうしても伝えておきたくて、離れていく背中を呼び止める。振り返った視線は元リーダーの冷静なそれ。
「俺、待ってるからな」
ガンガン行かなきゃ自分らしくない。
「つうか、待たせろ! 帰ってきたら必ず勝負だ! どんくらい変わったか見てやる!」
「インチアップ……?」
思ってるままに口にする。細かい事を気にするのは性に合わない。考えての行動はあまり得意じゃないんだ。
「俺も力つけてビビらせて……」
しかし言葉は最後まで繋がらなかった。今まで冷静な面持ちで引き締まっていた顔が、次の瞬間にはあまりにもホッとしたようにしているもんだから。
「っ…………」
ドキリとする。嬉しそうに微笑む彼女。初めて可愛らしいと思った。そんな顔を見せられては気にせずにはいられない。
「ヤッベーなあ……」
わからなかったこの気持ちをなんとなく理解して漏らす。そうしたらグズグズ気になっていた小さな事が、何だかどうでも良くなってきた。
「俺の気持ち、これで当たってると思うんだよなあ」
一人呟き納得しているインチアップにオーバーライドは何事かと不思議な顔。そんな相手に口の端を上げて笑ってみせる。
 解ったら解ったで気になり始める存在。急激に近付きたくなって、思うままにその肩を掴んで距離を縮める。
ゆるりと合わせたものに、柔らかいななんて一瞬考えて。相手の下唇を軽く啄むようにしたのを最後に顔を離した。
「約束は果たしたぜ」
あの時に、こうなる事は少なからず予想していたのかもしれない。だから嫌悪には至らなかった。
「お前も約束守れよ」
必ず戻って来るんだ。じゃないと競争なんてできやしない。
「じいさんを宜しくな!」
笑顔を向けて言う。
「もちろん、わかってるよ」
相変わらず崩されないオーバーライドの整った顔。若干綻んではいるがリーダーの面構えのまま背を向け船へと乗り込む。その姿を眺めながらインチアップは、きっとコイツには一生勝てないんだろうなと思った。
「あーあ、強い相手は厄介だねえ……」
身体も精神も強い彼女。きっと自分の行動なんてお見通しなんだろう。だから余裕でいられる。
困ったなと、だが温かな感覚はそのままに息を吐いた。

 しかし実際はそうでは無かった。飛行船の中に入りドアを閉めると同時に掌を口元にやるオーバーライド。
まさかあのタイミングで彼からしてくるなんて予想外だった。信じられなくて、嬉しくて。自分の唇に触れる指先が痺れる感覚。
 壁にもたれ掛かり息を吐く。平気なふりをしていたけれど、少しずつ彼で染まっていくこの心に余裕が無くなっている。こんなにも好きになっていたなんて。そんな自分に苦笑する。
「どうしたんじゃオーバーライド」
先に乗っていたらしいオートランダーからの疑問の声。
「ううん、何でもないよ」
気にしないで、とこの場はごまかして自分の席に腰を下ろす。
 出発予定の時間までまだ暫くある。その間だけはこの喜びを味わいたくて、オーバーライドは静かに目を閉じた。


 場面は戻って――。
 我が惑星の者達の見送りも済んだ事でインチアップがふと視線を移すと、彼も出発に取り掛かるのだろう、他の飛行船へと向かうギャラクシーコンボイ達がいた。最後に挨拶くらいしてやるかと駆け寄る。
「よう、サイバトロンの総長」
「君は、インチアップだったかな」
直接会話をした事は殆ど無いのに、名前を覚えていて貰えた事に少し驚く。
「君にも世話になったな」
「そう改まるなよ。我の強い奴らばっかで大変だと思うけど、頑張れよ!」
「ありがとう」
高い位置から向けられる視線は見下ろしているにも関わらず穏やかなもので、彼の性格を表しているように感じた。だか確かにある強い意思がサイバトロンの総司令官だと意識付けられる。
「君も、頑張りたまえ」
オーバーライドと、と小さく動く口に肩が跳ねる。
「み、見てたのか……!?」
クスリと笑われ、閉口してしまった。それもそうだろう、あんな所でしていれば誰かに見られていてもなんら不思議ではない。
だが、彼女に対するこの気持ちに偽りは無い。ならばまあ別に良いかとインチアップ。
 そうこうしていると駆け寄ってくる物体が目につく。
「ギャラクシーコンボイ!」
地球の人間という小さな生き物。息をきらしたその姿は急いで駆け付けたのだろう。
インチアップにとって接点は多い方では無かったが、小さな身体をしながらもギャラクシーコンボイに負けず劣らず熱い想いや強い意思を持ち、それを臆する事なく行動に移す姿勢には感心させられたものだ。ギャラクシーコンボイだけでなく他の者も、この子供達に敬意を評する理由が少しだけわかる。
 別れに涙を流す三人。こんなにも情熱的で感情的で利己的で、躍動感溢れる生物は他に類を見ないだろう。自分達のような金属の塊には涙という機能は無いが、今の気持ちには共鳴を覚える。
「わかるぜその気持ち……」
子供達につられて感傷に浸るサイバトロン一同。そこにインチアップも加わり頷く。
 そうして四台のスターシップが発進する時がやってきた。
旅立つ仲間達。各々に築かれてきた信頼、結んできた絆。それは決して消えはしないだろう。
「お前も頑張れよ、オーバーライド」
スターシップが向かっていく青々とした空に目を向けてそっと呟く。彼女が再びリーダーとして惑星スピーディアの地を踏む事を願って。


<終>


***
女房の帰りを待つ夫の図。


2012.02.23 up