旅立ち
※惑星スピーディアの新リーダー決定レースから、新スペースブリッジ建設計画の為に旅立つまで。
「ゴール! 優勝はエクシゲイザー様です!」
上がる歓声。マイクを通してホップの声が響くと、それはより一層大きいものへと変わる。当然であろう。惑星スピーディアの新リーダー誕生の瞬間なのである。
「参ったー。スピードでもパワーでも勝てねえよ」
オートランダーの斜め後ろに立ち、頭を擦りながらインチアップは残念そうに、しかし観念したように漏らした。
尚も上がる歓声の中、エクシゲイザーに近寄るのはオーバーライドだ。
「流石だね、君になら安心してスピーディアを任せられるよ」
「ええっ! ちょっと待ってくれよ!?」
しかしエクシゲイザーは納得していない様子。
「あれって本気だったのか……」
「当たり前でしょ」
「でも俺、サイバトロンとしての仕事が……」
ブツブツ呟くエクシゲイザーのにオーバーライドは溜め息をつく。そしてその耳元に近付いて小声で話し始めた。
「仮に君が辞退したとするよ。二位は誰?」
「何だよ、インチアップだろ?」
「あいつがリーダーって器だと思う?」
「あー言われてみれば確かに……」
然り気無く酷い事を言っているが、それはこの際置いておくとしよう。
「次にガスケットとアームバレットだけど」
「あいつらに任せておける訳ないよなあ」
「ちゃんとしたリーダーがいないと、この星はすぐに荒れ果ててしまうだろうね。レースなんて出来なくなるよ」
「それは困る!」
「そしたらこの星を守る者が必要になってくるね」
「なら俺が! ……あれ?」
熱く返事をするエクシゲイザーにオーバーライドはしたり顔。なんだか上手く丸め込まれたような気がしないでもないが、エクシゲイザーは仕方ないかと少しだけ納得したように答えた。
そんなやり取りの後、馴染みの顔が集まる中でオーバーライドが話を始めた。
「先に言った通り、私は新スペースブリッジ建設へ向かう。それに伴いもう一人来て貰いたいんだけど、志願する者はいる?」
呼び掛けるが、手を上げる者はいなかった。やはり惑星スピーディアを離れたくないのだろう。
「ならこっちで決めるよ。インチアップ、君行かない?」
「お、俺!?」
名指しされて驚きの声を上げる。
「君にはパワーがあってタフだし、建設隊には適任じゃないかなと思って」
本当はそれだけでは無かったが、それはあえて口にしなかった。
「んー、そう言われて嫌な気はしねえなあ……。おし、いっちょやってみっか!」
今まで挑戦し続けてきた惑星スピーディアの元リーダー。その相手から選ばれるなんて今までに無くて、インチアップは照れた様子で頭を擦る。それがちょっと可愛らしくてオーバーライドはこっそり微笑んだ。
「じゃあこれで――」
――決まりとしよう。と言いかけて割って入ってきた声。
「よし、ワシが行く!!」
「「「えええっ!?」」」
振り向いた先にいたのはオートランダーで、その場にいた皆が一斉にビックリした。
「ワシだって昔は力持ちだったんじゃ。まだまだ老いぼれてはおらんぞ!」
どうしてか張り切るオートランダーに周りは少しハラハラ。
「じいさん、無理すんなよ」
「そうなんだな、何も先急ぐ事は無いって」
すかさずガスケットとアームバレットが笑いながら茶々を入れると、オートランダーはそちらを振り向く。
「年寄り扱いするでない! この歳でもやれるとワシが実証してやるわい!」
「マジかよ……」
「うひー……なんか勢い増してるし……」
「やるったらやるんじゃ!」
俄然やる気になってしまったオートランダー。一連の流れに呆気にとられていたインチアップはやれやれと苦笑するしか出来なかった。
「じゃあオートランダー、宜しく頼むよ」
「任せておけ!」
少し残念だけど仕方がない。
オーバーライドのいつもの声に対し、いつも以上に元気な声が返ってきたのだった。
話は一段落ついて、各々解散する事に。
オーバーライドも建設隊参加へ向けての準備に取りかかろうと先を進んでいると、背後から聞き慣れた声が自分を呼び止める。
振り返った先には紫と緑のモンスタートラック。自分がロボットモードにトランスフォームすると相手もトランスフォームして向き合う。
「良いのか、じいさんで?」
先程の事を心配げに訊いてくるインチアップ。いくら粋がってもやはりオートランダーは年寄り、心配してしまうものだ。
「仕方ないよ、ああなっちゃさ」
そんなオーバーライドに、同意するようにインチアップは肩をすぼめてみせた。
「頼れる存在ではあるし、きっと大丈夫だよ」
「まあな。でもよ、なんか残念っていうか……」
上手く出てこないのか言葉を詰まらせる。暫くして再び口にされる言葉。
「やっとお前に認められたと思ったんだよ。お前の横に並ぶのが俺の目標だったからさ。だからちょっと悔しくって……って何言ってんだ俺!」
違う違う今のは気にすんな! と両手を振るのは明らかに照れ隠し。その様子がおかしくてオーバーライドが微笑むと、インチアップは視線を反らす。
「お前さ、その顔やめろよ……」
「顔?」
突然意味のわからない事を言われて首を傾げる。しかし疑問への返答は来ず、インチアップは背を向けてしまった。
「何でもねえ……行くわ俺」
「待って」
よくわからないままなのは何だか嫌で、逃げるように去ろうとする腕を咄嗟に掴んだ。
「放せ……!」
依然背を向けたままで掴まれた腕を振り払わんとする。しかし、パワーでは確かに彼の方が上なのに、今の力はなぜか弱く感じた。
難なく向かせられたインチアップはうつ向いたまま。でもその顔は赤い。思わず目を点にした。
「み、見んな!」
「インチアップ?」
今の光景がなんだか珍しくてまじまじと見てしまう。案の定、困った表情になるインチアップ。
「だから見んなって! なんか知んねえけどドキドキすんだよ!」
返ってきた言葉は意外なもので、再び目を点にした。
赤くした顔のまま「う〜」やら「あ〜」やら唸る姿は、普段の彼からは絶対に想像できない。
そう思ったら凄く可愛らしく感じて、オーバーライドの口元が緩んでいく。
「それって本当?」
「あーもうっ、見んな! 聞くな! 放せ! 俺は行く!」
抵抗しようと叫ぶインチアップ。でもそこに拒否は無くて、オーバーライドは目を細めて微笑む。
「その顔だよ、その顔! やめろ!」
「へえ、嫌い?」
「き、嫌いじゃねえよ……」
なんだろうな、と続ける彼。
「お前ってそんな顔すんだなって、知らなかった一面見れて嬉しい。けど、自分に向けられると何か妙な気分になるっつうか、恥ずかしいっつうか……」
言っていてまた恥ずかしくなったのだろう。更に顔を赤くするインチアップ。ちょっぴり愛しさが込み上げる。
「私も本当は残念だなって思ったよ」
「は?」
急に話が変わって向けられる不思議な顔。
「でも、永遠の別れじゃない」
「…………」
「私はまた惑星スピーディアに戻ってくる。この星のリーダーの座を、例え頼れるサイバトロンであっても、いつまでも異星の者に譲っておく訳にはいかないからね」
「オーバーライド……」
「その為に腕を磨こうと思ったのもあって建設隊に志願したの。他の星で力を試してみて、上を目指したいんだ」
自分の意思を告げるオーバーライド。それを聞いてインチアップはニッとした笑いを浮かべる。
「そうこなくっちゃな! やっぱり惑星スピーディアのリーダーはお前じゃないと、しっくりこねえよ!」
「一緒なら嬉しかったけどね」
「あ……ああ……」
思い出したようでほんのり顔を染めるインチアップ。ごまかすように口を引き締めて腕を組んでいる。
「君と行きたかったよ……」
もっと君の事を知りたくて。
優しく、だけど寂さを含んで言いながら近付く。そしてそっと彼の額に口付けた。
彼の行動一つ一つが目について。、じわりじわりと存在が心に染み込んでいく。
「お、お前、しれっとこういう事すんなよ……」
触れられた箇所を掌で擦りながらインチアップは応えるが、それは静かな物言い。
「じゃあ、君からして?」
少し意地悪したくて笑いを含んだ表情を向けてやった。インチアップはそれを面白くなさそうに眺めていたが、暫くの後、額に当てていた手を下ろしてその掌に視線を向けていた。
そして、ポツリ。
「……いつか、な」
それだけ漏らすと、すぐに向けられる背中。ビークルモードにトランスフォームした彼はさっさと走っていってしまった。
不意をつかれた、そう思った。
まさか彼からそんな返事が返ってくるとは思ってもいなくて、急激に上がる体温。
「ホント、不意討ち……」
自惚れ、ではないと思う。嫌悪感どころか嫌がる様子さえ現さなかった彼。むしろ好意的に取る事ができる最後に残された言葉。
どうしよう、こんなに嬉しいなんて。こんなにも自分の中で彼の存在が大きくなっていたなんて。
いつまでも浸っていたい心地好い感覚。目眩がしそうだ。
オートランダーには悪いけど、一緒に行けなくて本当に残念だと思った。
しかしこうしてはいられない。旅立つ時はじきに来るのだから。
「でも、もう少しなら良いよね?」
誰に訊くでもなく口にする。
会う度に、話す度に知る彼の新たな一面。気付く自分の感情。時間が許す限り、メモリーに焼き付けよう。
もう見えなくなった姿を思い浮かべながらオーバーライドは頭上に広がる青い空を眺めていた。
<終>
***
長いので一旦ここで終わり。
2012.02.13 up