二人だけのレース


 ギャラクシーコンボイに敗れ崩れ落ちたマスターガルバトロン。本当の意味で宇宙に平和が訪れた。
各惑星に平穏が戻り、グランドブラックホールが発生する以前の生活に戻りつつある星々。 その一つに含まれる惑星スピーディアも例外ではない。
「見違えるくらい元に戻ったな!」
道路修復トランスフォーマーだけでなくスピーディアの住民たち皆で力を合わせて治した道路を、若干騒がしく走る紫と緑のモンスタートラック。 崩壊した道路の修復完了は惑星スピーディアのトランスフォーマーにとって最も喜ぶべき事柄である。
「なかなか良い感じじゃねえか」
立ち止まった彼は座り込み、綺麗になった地面に手をつけてニンマリ顔。嬉しいのだろう、彼もやはりスピーディアの住民である。
 さてと走りに戻るか、と腰を上げたところにかけられた声。
「いつまでそうしてるのかと思ったよ」
「あ?」
声のした方へ向くと、そこにはいつの間にやらよく見知る白と朱色の人物。
「オーバーライド……何か用かよ?」
マスターガルバトロン撃破の後、帰ってきた彼女は共に惑星スピーディア修復に加わっていた。 なのでこの星にいるのはなんら驚きではないが、彼女から声をかけてきた事にインチアップは不可解な表情。 辺りを見渡すも彼女一人しか来ていないらしく、その気持ちは強まるばかりだ。
「言ったでしょ、競争しようって」
あの時言ってみた言葉。惑星スピーディア修復の方が優先事項だった為すっかり忘れていた。
覚えて貰えていたのと、まさか彼女から誘ってきたのが信じられなくてポカンとするインチアップ。
「するの? しないの?」
「す、するに決まってんだろ!」
ハッとしたインチアップが咄嗟に答えた。オーバーライドは視線だけを向けて続ける。
「じゃあ、始めるよ」
すぐさまビークルモード へとトランスフォームしたオーバーライドを見て、慌ててインチアップもトランスフォームする。 いつの間に操作してたのか、近くにあったランプがスタートへのカウントダウンを始めていた。
「GO!!」
 始まった二人だけのレース。
思わぬ出来事にインチアップは少し遅れをとってしまったが、タフさをバネに彼女と頭を並べる。
「やるね」
「当ったり前だ!」
馬力を最大にリードしたインチアップが自信ありげに答えた。しかしオーバーライドも抜かされたままでいるはずはない。
 差し掛かったコーナー。華麗なドラフトで隙をついて彼を背後に追いやる。
「なにぃ!?」
直線コース。温存していたエンジンをフル回転させて更に速まるオーバーライドのスピード。
そしてゴールライン。結果は判定を見るまでもなくオーバーライドの圧勝。
少し遅れてゴールしたインチアップがロボットモードにトランスフォームして立ち止まる。
「やっぱはえーなお前……」
頭をさする彼は然程悔しがってはいない様子。
「君はツメが甘いな」
「ぐ……」
指摘されて押し黙る。
「相変わらず走りに繊細さが無いね。細やかな部分に気を使えばもっと変わるんじゃないの」
「うるせーな、あれが俺のやり方だ! 豪快な走りが俺のフォームなんだよ!!」
最もな事を言われるが、己の信念を曲げずに反論するインチアップ。
「ぜってー自分の走りで勝ってやるからな!」
意気込む彼にオーバーライドはやれやれと肩をすぼめる。
「でも確かに、そうじゃないと君らしくないな」
同時にこんなやり取りに居心地良さを感じている自分に気付く。
「つうかよ、何で俺とお前だけなんだよ。レースなら皆でやればいいだろ」
彼女に誘われた事もだが、二人だけのレースなんて今までの記憶に一切無くてインチアップは意味がわからないと言いたげな顔。 それに大勢とのレースの方が楽しいはずである。
「察しが悪いなあ……君に会いに来たんだよ」
「はあ?」
尚も意味を汲み取れていないインチアップにオーバーライドは小さく溜め息。
「君の走り、まだまだだけど良くなってると思う」
「そりゃどうも」
「さっきのもなかなか楽しかった」
「良かったじゃねえか」
「君と走るの、以前より嫌いじゃない」
「……お前さっきから何なんだよ」
「…………」
何が言いたいんだ、と訝しげな態度の彼にオーバーライドは珍しく少しだけ苛立ちを露にする。 こんなにも自分の気持ちが伝わらい事がもどかしいなんて思ってもみなかった。
「バカなのはわかってたけど、そこまでバカだとは思わなかったよ」
「なんだと……」
意味もわからず卑下されてインチアップが睨みの効いた視線。
「おとなしく聞いてりゃ勝手に言いやがって……」
お前がその気なら俺だって、といった姿勢の彼にオーバーライドが近付く。
「もう……実力行使するよ」
「は?」
対抗する為に構えていたらしい彼の片腕を掴む。力任せに引っ張って一気に距離を縮めた。
咄嗟の事に前のめりなった彼の顔にオーバーライドのものが近付く。そして合わさる唇。 それはすぐに離れたが、状況を把握していない様子のインチアップは前のめりの格好のまま相手を見る。
「…………へっ!?」
やっと理解したらしい彼が固まったまま声を出した。 それがなんとも間が抜けていてオーバーライドの口元に笑みが溢れる。
「お、まえ……何して……」
「私の気持ち、伝わった?」
静かにそう伝える。
顔を背け黙りこむインチアップ。しかし、叫ぶでも殴るでも反論するでもない彼のその態度に、拒否は無いとわかる。
 暫くの後、向けられた視線。それは意外にも真剣で少し驚いた。
「……俺、正直お前の事どう思ってるかよくわからねえんだ」
ゆっくり放たれた言葉。彼なりに懸命に考えて出した答えなのだろう。
「レースで挑むのはいつもの事だけど、それ以外でって事が今までに無かったろ? だから何て言うか……」
確かにそうだった。こんなにも接するようになったのはごく最近である。
だからこそわかった想いがあった。
「でもさ……」
頭をさするインチアップ。彼は困った時や照れた時によくこの仕草をする。
「嫌じゃなかったぜ」
「それ……ホント?」
「ああ、まあ……」
彼なりの精一杯の返事。思わず聞き返してしまう。
「じ、冗談じゃねえんだよな……?」
信じられない、と言いたげに訊いてくる。 疑うのも無理はないが、冗談でそういう事をする性格ではない。それにむしろ今は余裕が無い方で。
「……冗談だった方が良かった?」
オーバーライドが悲しげに笑う。そんな彼女に気付いたインチアップが一瞬動きを静止する。
「ち、違うっ! そうじゃなくてだな……!」
大袈裟とも言えそうな反応が返ってきて少しビックリした。
「お、お前が本気で言ってんのなら俺だって本気で考えねえとって思ってさ……」
スピーディアの者なら真っ正直から向き合う、それが筋だろ。静かに彼が想いを口にする。 こんなにも考えてくれている事がなんだか嬉しくて嬉しくて。
「インチアップ……」
「あー! 悔しいけど俺ってやっぱバカだ! 上手く言えねえ!」
「いいよ、ありがと……」
その気持ちはきちんと伝わってる。
がさつだけど、意外にも彼なりに相手の事を真剣に考えようとする。それに気が付いたのはつい最近。
「あのさ、また競争してくれよ」
俺も楽しかったし、とインチアップが視線を向けてきた。その目はしっかりとオーバーライドを捉えている。
こっちが真剣ならば、今みたいにしっかりした想いを、強い視線を向けてきてくれる。 それが思いの外居心地が良いことに気が付いて、気になり始めた存在。
スピードではまだまだだけど。
「いいよ、いつでも」
「よーうし、待ってろよ!」
いつか絶対勝ってやると意気込まれ、オーバーライドは微笑んで応える。
「それにさ、スピーディアの者は向き合うんじゃないよ」
「あ?」
「肩を並べ合うんだ」
「オーバーライド……」
そう、共に走る者達は向き合っちゃいけない。横に並ばなきゃ。
「まあ、君はまだ後ろにしかいられないだろうけど」
「おい! 何か良い事言ってると思った先にそれかよ!」
畜生、と叫ぶ彼にオーバーライドが笑う。しかしその顔はすぐに勝者のするそれに変えられた。
「覚悟しておいてね」
「……覚悟?」
それだけ残してビークルモードへとトランスフォームする朱色の車体。爽快なエンジン音と共に走り去っていく。
覚悟、が何を表しているのかハッキリとはわからなかったが、ほんのりと勘づく。 この胸の微かな期待は気のせいではない。 参ったな。そう呟きつつも緩む口元に気付かずにインチアップもその場から走っていったのだった。


<終>


***
やっとラヴまで行き着きました。インチはまだ自覚していません。


2012.01.12 up