仲間と共に
轟々たる地鳴りと共に大地に入るヒビ。割れるアスファルト。
グランドブラックホールの影響が惑星スピーディアに襲い掛かる。混乱する住民達。
「一体何が起きたんじゃ……!」
「どうすればいいの……!?」
その混乱の中にオートランダーとスキッズもいた。
「突っ立ったままではどうにもならん。何か良い案は無いのか……のおわっ!」
「オートランダー!!」
傾いた道路から足を滑らせたオートランダーが割れたアスファルトの隙間に入り込んでしまった。
スキッズが助けようと手を伸ばすが、小柄さが仇となりその手は届かない。
「ワシは良いからお前さんは先に避難するんじゃ!」
オートランダーが叫ぶ。
揺れ続ける不安定な地面。その上ではスキッズも同じ状況になりかねなかった。
「でも!!」
「良いから行くんじゃ!」
「何言ってんだ、じいさん」
スキッズよりも少し大きめの掌がオートランダーの頭上に差し出された。
そのダークグレーと紫の腕に二人は目を向ける。
「インチアップ!」
「なんかヘマしてる奴がいるなと思って来てみたらじいさん達じゃねえの」
「すまんな……ってどこ握っとる!!」
インチアップは手を差し出しはしたものの、こっちの方が手っ取り早いとでも思ったのだろう。
確保した足場で踏ん張るようにオートランダーの上に跨ぎ、その背中にある突き出した部分をガッシリと掴む。
そして思いっきり引っ張られ、なんとか救出された。
「荒々しい奴じゃのう……」
「さっさとここから行こうぜ、また落ちても知らねえぞ」
呆れるオートランダーなど気にせずビークルモードに変形したインチアップが走り出した。慌てて二人が追い掛ける。
「行くってどこに? アテはあるの?」
「さあ。とりあえずレース開場に向かえば良いんじゃねえかな。あそこ広いし大人数集まれるだろ」
なんでまたそんな場所に。その疑問にインチアップは少し考えて口を開く。
「……なんかさあ、オーバーライドだったらそうしそうだなって思って」
「どういう事じゃ?」
「なんつーか、スピーディアの者ならレース開場が最期の場所でも悪く無いと思わねえ?」
インチアップの言葉に顔を見合わせるオートランダーとスキッズ。
「それもそうだね」
「お主も言うよのう」
二人の台詞にインチアップはニッとした笑い。
「まだ諦めた訳じゃないけどよ!」
「うんっ!」
「あったりまえじゃ!」
途中、迷っている者と共に進んでいく。そうして辿り着いた馴染みのある場所。
しかしそこもまた破損しかけていた。
「ここが駄目になるのも時間の問題じゃな」
「それでも良いんじゃねえの」
こうなってしまえば既に流れに身を任せるしか無いのかもしれない。
でも不思議と不安は無かった。なぜだかわからないが、思わずにいられなかった。
奴はこの星を蔑ろになんてしない。奴ならきっと――。
耳にしたことのあるエンジン音が聞こえてくる。見上げた先には鮮やかな朱色と白の車体。
器用に飛び降りながらトランスフォームし地に足を着ける。
「オーバーライド!」
「みんな無事!?」
「なんとかね」
駆け寄ってきた彼女にオートランダーとスキッズが答えた。
その後方、こちらへ歩み寄る人物が口を開く。
「来ると思ってたぜ」
顔を向け視線が合うと小さく笑みが向けられた。
応えるようにオーバーライドも口の端を上げる。
「皆聞いて! この星にいると危険だ、安全なセイバートロン星へ避難して貰いたい!」
突如、声を張るオーバーライド。
「壊れたってスピーディアはまた修復すればいい。だから今は安全な地に向かって欲しい!」
気付いた周りの者が振り向き、混乱の為ざわついていた住民は次第に黙り始める。
「道は出来た、じゃな」
ふと声を漏らしたのはオートランダーだった。
「道があるのなら走るのがスピーディアの者というもんじゃ」
賛同するように横にスキッズとインチアップが並ぶ。
「俺ら詳しい事わかんねえけど、お前がそう言うんなら従うぜ」
「こんな時こそ住人一丸とならないとね!」
だよな、と相槌。ああそうだ、その通りだ。
「俺が行ってきてやる」
崩壊した道路なんてそう簡単に走れやしねえからな、とインチアップ。
「わかった、向こうの事は任せるよ。私達はスペースブリッジの説明と案内に回るから」
「おう、任せとけ! オイお前ら聞いただろ! 後ろん奴に伝えて遅れてる奴ら誘導しろ!」
ビークルモードにトランスフォームしたインチアップは大きな声をかけながら走り出した。
その言葉に誘導のため動き出す者は少なくなかった。
力ある走りが一部の熱い野郎に受けているようで、彼にも意外と支持者はいる。
本人は全く気に止めていないが。
「俺も手伝おう」
突如、頭上からした声。そこにはバズソーがいた。
「空中からなら誘導もしやすいだろう。壊れていないモニターも使ってみるよ」
「ああ、頼む!」
かつてないほど協力し合おうとする者達。そこには強い想いがあった。
「ありがとう……みんな」
このスピーディアのトランスフォーマーとして生きている証。それは誰も見失っていない。
そう経たずして全員が集まる事が出来た。争いも怪我もなく成功したのは協力あってこそ。
「向かうはあのスペースブリッジの先、セイバートロン星」
スペースブリッジに跳び移るためには勢いをつけないといけない。加えて押し迫る惑星の崩壊。
「皆、全力で走るよ。準備は良いね!」
「オオーーッ!!」
オーバーライドの言葉にスタートラインに集まった者が覇気のある声を上げた。
走るとなると目がない。そこはやはり惑星スピーディアの住人である。
「よーし、行くよ!」
その掛け声を合図に走り出した。
「誰が一番か競争だ!」
「急がば回れじゃ!」
真っ先にトップに躍り出たのはオートランダー。
「俺が一番〜〜♪」
続いてインチアップも負けまいとする。
「やるね……」
そんな二人にオーバーライドは小さく笑みを溢す。
「飛ばせ飛ばせー!」
そしてエンジンの回転数を上げ、意図も簡単に二人を追い抜いていった。
比較にならない圧倒的な速さ。ただ後ろを着いて行くしか出来ない自分。抜く事が出来ない己の未熟な技量。
けれどもなぜか今は悔しくなかった。むしろ楽しさがそこにはあって。
「走るって良いな」
インチアップがポツリと呟く。
気付かぬ内に心の底で認めていたのかもしれない。彼女のスピードには決して勝てないと。
――かと言って、諦めはしねえけどな!
速さで挑戦する気持ちを失ってしまえば、惑星スピーディアのトランスフォーマーだなんて情けなくて名乗れやしない。
途中から競争なんてどうでも良くなっていた。
向かう先に見たことのない奴が沢山集まっている事に気をとられる。
その中に記憶にあるサイバトロンの奴等がいて、インチアップは少し懐かしくなった。
「まさかアイツらとまた会う事になるとはね」
しかも惑星スピーディアの外で。
話を聞いていると今から団結するようで、なんだか面白くなってきた。
そう言えば自分が肩書きだけはデストロンだったとか、今からサイバトロンに加担するだなんて半端な立場だとか、そんなのどうでも良かった。
今走るのが楽しくて、また惑星スピーディアでレースが出来る未来が待っていれば過程なんて気にしちゃいない。これからも走れる、それだけで良かった。
マスターガルバトロンが手に持つフォースチップの力で巨大化したガスケット達。
いい気になった奴等が向かってくるのを合図にサイバトロンも皆戦闘に入る。
「私達は鼻摘みコンビに行こう」
オーバーライドの声にインチアップが振り向いた。その意図がわかって鼻で笑う。
「スピーディアの奴はスピーディア側で、って事か」
いわゆる制裁。自分達で落とし前をつけるのだ。
「ぃよっしゃ、ノッた! アイツらあん時はよくも……一度叩きのめしてやらねえと気が済まねえ!」
フフフ……と気味悪く笑うインチアップにオーバーライドが溜め息をつく。
「それは良いけど、派手にやって大怪我しないでね」
かけられた言葉に違和感を覚えたインチアップが相手をまじまじと見る。
その視線に気付いてオーバーライドはニヤリと笑う。
「誰一人欠ける事無く惑星スピーディアに帰るよ」
そこには自分達だけでなく鼻摘みコンビも含まれているのだろう。
それに気付いてインチアップは参ったなと苦笑した。
やはり彼女は惑星スピーディアのリーダーだ。
「へいへい了解。行っくぜーー!」
巨大化したアームバレットへ向かっていく一同。
その大きさに少し不安はあったが、実際に対面してみるとどうって事無かった。
巨大化故に馬力は上がっているのだろうが、巨体がスピードを殺しているようだ。
「うぅお〜くっそ〜〜、チョロチョロと! 邪魔なんだな!」
足元で動き回るスキッズとインチアップを煙たそうにしている。
「スピーディアのトランスフォーマーの戦いにおいて、小回りが利かなくなるのは致命傷だね!」
頭上から急降下、オーバーライドの攻撃が決まった。
「考え無しに巨大化したお前さんが迂闊と言うことじゃ!」
真正面から突っ込むオートランダーが、身軽さを駆使して手持ちの武器でアタック。
「俺たちゃ何があってもスピードが命! っしゃい!」
真横から力任せにガツンと一発殴りかかったのはインチアップ。
そしてバランスを崩したアームバレットが横転した。
「どんなもんだ!」
器用にトランスフォームしながら華麗に戦う彼らはなかなかの見物である。
「なかなかやるじゃない」
小さくガッツポーズをするインチアップに声をかけると、だろ! と言いたげな顔が向けられた。
その調子の良さに苦笑が漏れるが、今はまあ良しとしよう。
「こんなの聞いてないんだな!」
「おいこら待ちやがれ!」
逃げようとするアームバレットをすかさず追いかけていく三人。
レースにしか目がないスピーディアの者でもこうやって立派に戦える。
あちらは任せていても大丈夫だろう。彼らの様子にそう判断したオーバーライドはギャラクシーコンボイに目を向けた。
マスターガルバトロンがグランドブラックホールへ放り投げたチップスクエアとフォースチップ。何とか手にしたそれがプライマスの眠った力を呼び覚まし、ノアの強大な力はグランドブラックホールを跡形も無く消滅させた。
宇宙に平和が戻り、不安定だったスペースブリッジも本来の姿を取り戻す。
マスターガルバトロンの手によって惑星アニマトロスが危機に直面したが、それも集まった力によって無事解決。
「さてと、ワシらにはもう手伝える事は無いし、戻るとするか」
「そうだね、いつまでもココにお邪魔する訳にはいかないし」
成功を知らされ少し安堵するオートランダーとスキッズ。
軌道修正した惑星アニマトロスに長居する目的は無いため、戻る事を口にする。
「でもなかなか面白そうな星だぜ?」
対してインチアップはこのアニマトロスの自然豊かな大地が気に入った様子で辺りを眺めていた。
おおかた、道無き道を行くのがタフな男だ、とでも考えているのだろう。
「ワシらは道路のある所を走る方がやっぱり良いんでな」
「それに崩壊した惑星スピーディアを修復しないと」
言われてハッとするインチアップ。
「だったな、スピーディア直さねえと」
気持ちは判らなくはない。短時間の間にいろいろありすぎた。
「オーバーライド、ワシら戻るけど良いかのう?」
少し離れた所でサイバトロン軍らしき人物と話している我等が惑星のリーダーに声をかける。
「ありがとう。構わないよ」
返事がきてインチアップが、さあ行こうぜ、と段差から飛び降りた。
しかしトランスフォームしようとした所で何かを思い出したようで再び目を向ける。
「オーバーライド! 戻ったらまた競争してくれよ!」
あの時スペースブリッジを走ったように。
かけられた言葉に少し驚いたが、嬉しげな彼にオーバーライドも小さく笑顔を向ける。
「ああ、いつでも受けて立つよ」
「ぃよっしゃー! じいさん達、さっさとスピーディア元に戻しに帰るぞ!」
答えを聞くと共に素早く変形した彼は一人気合い充分にスペースブリッジへと向かっていく。
その姿にやれやれとオートランダー達は溜め息をついて後を追って行った。
「元気が良いな」
横にいたサイバトロン軍の人物――ライブコンボイが小さく笑いながら呟く。
それにオーバーライドもやれやれと溜め息。
「良い仲間じゃないか」
柔らかい笑み、優しい声色。すでに姿の見えなくなった方を向いたまま彼女が微笑む。
「ああ、頼りになる仲間だよ」
今回の事で一丸となった惑星スピーディアの皆。
初めてだった。こんなにもスピーディア全体を守りたいと思ったのは。
初めてだった、誰かを大切に思ったのは。
今の関係を、この気持ちを失うなんて決してしたくない。
「戻ったら忙しくなりそうだ」
さっき鼻摘みコンビにも似たような事を言ったのを思い出して苦笑する。しかしそこに拒否は無い。
「僕も決闘を申し込まれているんだ。その為にはまず、マスターガルバトロンをどうにかしないと!」
「ああ!」
繰り広げられているギャラクシーコンボイとマスターガルバトロンの戦い。これに終止符を打たなければ本当の終わりはやってこない。
彼女等を含めたサイバトロン軍は応援に向かうべく、惑星アニマトロスを後にした。
<終>
***
インチアップが一緒に戦ったりと見所のあるシーンが多い49話〜50話から、その合間の流れを妄想。
書いててめちゃくちゃ楽しかった。
サイバトロン大集結でただ一人アウェー感漂うインチが素敵。
崩壊する惑星スピーディアから一時避難する時の
オバライ「誰が一番か競争だ!」
オトラン「急がば回れじゃ!」
インチ「俺が一番〜〜♪」
オバライ「やるね……」
のやり取りで、やっとインチアップはオーバーライドにスピードで少し認めて貰えたんだなと思いました。
それになんとなく気付いて、単純に走る事だけに少し楽しさを見出だしたインチアップ。
挑戦を挑まれて卑下する事無く面と向かって約束するオーバーライド。
これって以前じゃ決して考えられなかった事なんだよね。二人とも変わりました。
そんなオバラインチの関係を少しでも感じとって貰えたら嬉しいです。
ちなみに上記の一時避難の場面、CybertronではBrakedown(オトラン)の台詞が無く、Dirtboss(インチ)とOverride(オバライ)の二人だけの会話になってるんだよね。
そして惑星スピーディアが崩壊していく場面、モニターで見ているオーバーライドの台詞が
「my planet...my people...」
となっていて、ちょっと感動した記憶があります。大切な我が故郷と住民達。
ああヤバイな、オバラインチを含めた惑星スピーディア(Speed Planet)大好きだ。
最後に一つ気になる事。
道路修復TF「私も避難していいですか……」
2011.12.14 up