Dirt
どこまでも続く大地。道路を離れれば、惑星アニマトロス程まではいかないにしろ、そこには土や水、草木などの自然が在る。
普段からアスファルト上の生活に慣れた者にとって、そこでの行動は多少ばかり苦が伴っていた。
「やれやれ……なかなか見付からんのう」
照り付ける日射しの中、少し曲がった腰を伸ばしながらオートランダーが呟く。
頼まれたムー捜索を始めてどのくらい経ったのか。計算するのも億劫になりつつあった。
「さっぱりじゃねえか。ホントにあんのか〜?」
周りを見渡しながらとうとう口にされた不満。
発見への糸口さえも見付けられない今の状況下、多少の愚痴を溢したくなる気持ちもわからなくはなかった。しかし、こうするしか今のところ方法が無い。
「どうしても、諦めたくないんだ」
「…………」
強い視線を向けられて意表を突かれたインチアップは黙り込んだまま相手を見る。
少しして諦めたように息をついた。
「わかってるよ、俺だって途中で投げ出すなんてしたくねえ」
それだけ応えるとゆっくりした足取りで先へ行く。パワーじゃ劣らない彼でも少し疲れが出てきたのだろう。
オーバーライドはいまだ反応の無い小型探査機に視線をやりながら、オートランダー達とその後ろ姿に続いた。
暫く進んで目の前に現れたのは林に隣接した大きな沼のような湿地地帯だった。
「わー、凄いね」
「お、惑星スピーディアにもまだこんなもんがあったんだな」
「この辺は未開発の地みたいじゃならのう」
確かにこうも足場の悪い場所だと道路を設置するのはそう容易にいかないだろう。
それにこんな場所を走れそうな者はほぼ決められているも同然。
「未開発なら探すには持ってこいだね。はい、出番だよ」
「ああ?」
言われた意味を理解するより先に小型探査機を手渡されたインチアップが疑問の表情を浮かべる。
「こういう所で汚れるの得意でしょ」
「得意ってなんだ得意って……」
インチアップが不満げに溢す。そうじゃなくて走るのに適してんだよ、などとブツブツ。
愚痴りつつも渡された小型探査機を投げ返してこないあたり素直である。
「確かにこんな場所まともに走れんの今は俺くらいしかいないし行ってやるよ。
だからって汚れんのが好きなんじゃねえからな! そこんとこ訂正しろ!」
どんな悪路も突き進む、それがパワーある男ってもんだ!そう一人でなにやら熱くなりだした。横目で呆れつつ「はいはい」と適当に相槌を打って流すオーバーライド。
「大丈夫かなインチアップ」
「タフだけが取り柄なパワーバカだから心配なかろう」
「でも結構広そうだよ?」
「これくらいしか役に立てんから任しておこうぞ」
「うっせえよ、そこ! 聞こえてるっつの!」
こっそり話しているつもりのスキッズとオートランダー。
あくまでつもりであって全部他の者に筒抜け。インチアップがつかさず反応する。
「チクショウ……俺だけでやってやる……お前らぜってー手出しすんなよ!!」
「手出しも何も、探査機が無ければ動けない」
オーバーライドに冷静に返されて、インチアップはきょとんとする。
「そりゃそうだな。さっさと行ってくるぜ。時間が無いんだろ」
「ああ。探査機の範囲内を上手く利用して……」
「オーケーオーケー、わかってるって。まあ上手かねえけど心配はいらねえよ。よっと!」
トランスフォーム! とビークルモードへと変形したインチアップは意気込んで沼地の中へと突進して行ったのだった。
然程時間はかからずにインチアップは皆の元に戻ってきた。
「ひー、参ったぜ……」
「どうだった?」
「残念だがこれと言って反応はねえな」
沼地から出てきた彼は直ぐ様ロボットモードへと変身する。
その姿が想像以上に泥まみれで、他の者は少し驚きの表情。
「凄い事になってるね」
「仕方ねえだろ、タイヤが滑る場所があったから仕方無く足で行くしかなかった所があったんだよ」
それだけではなく見事にすっ転んだりもしただろう事はこの状態を見れば聞かずとも簡単に想像できた。
「お主はいいんじゃ。それより探査機は無事かの?」
「そっちの心配かよじいさん!」
「お主が怪我してもワシらになら多少は治せるが、この機械はさっぱりじゃからの。大事にせねばならん」
「ぐ……」
最もな事を言われて押し黙るインチアップ。
そんな彼の様子を眺めているとなんだか可笑しくなってオーバーライドはくすりと笑ってしまった。
「なんだよ……!」
笑われた事が納得いかないようで、インチアップが不貞腐れた様子で睨んでくる。
しかしそれに迫力は無くて、緩んだ口元はそのままに近付いた。
「ホントに泥だらけ」
伸ばした手で顔に付いている湿り気を帯びた泥を落とす。
既に乾いている部分を指で擦ってやると、突然腕を掴まれた。
「ヤメロ」
いつもと違った静かな物言いに少し驚いて、言われた通り動きを止めた。
機嫌でも悪くしたのか、彼はうつ向き加減で握った腕を降ろしていく。
そして離す直前に少し強めにはたかれた掌。
「お前が汚れんだろ」
出てきた台詞に目が点になった。
ずっと探索していて、多少汚れているのは皆一緒なのに。
理解し難いと言いたげな表情を向けるも、彼は顔を反らしたまま。
「こっからは無理だったが、向こうに迂回すれば行けそうな高台があった」
さっさと行こうぜ、と言いながらオートランダー達の横を通り過ぎて素早い足取りで進んで行く。
「あ、待ってよインチアップ〜!」
「これこれ、勝手に決めるでない!」
咄嗟に声をかけ追いかける二人。
それを無言で眺めながらオーバーライドも後に続いていった。
「反応はどうじゃ?」
「まだ無いね」
どのくらい経ったのか。年寄り故か、比較的歩みの遅いオートランダーに追い付いたオーバーライド。横に並んで訊かれた事に短く答える。
少し離れた前方には何やら話しているスキッズとインチアップ。
何気無しに眺めていると、何故かスキッズが蹴られだしたのが見てとれた。
直ぐ様そこから逃げるようにこっちへ駆けてくる。
「やーめーてえええーー!!」
何事かとオートランダーと顔を見合わせた。
「助けて! インチアップが〜〜!」
「待てこのやろっ!!」
追い掛けてきたインチアップから距離を作ろうと、スキッズはオーバーライドの後ろに隠れてしまう。
「おい、出て来やがれ!」
「やだっ、絶対やだっ!!」
「クッソ、このやろう……力ずくでも捕まえてやるからな!」
「何なの一体……」
意味もわからず挟まれたまま勝手に騒がれて、オーバーライドはたまったもんじゃないと溜め息をつき肩を落とした。
「何があったの?」
蹴られた為か泣きべそかきそうなスキッズに訊くのは何だか可哀想で、目の前で今にも飛び掛かりそうな奴に呆れた顔で訊く。
「…………」
視線が合うと彼は言葉を詰まらせて無言のまま固まってしまった。そして背を向ける。
「何でもねえよ……」
そのまま再び前へ歩きだしたインチアップ。
少し安心したらしいスキッズが背後からそろりと出てきた。
「ご、ごめんね……」
申し訳なさそうに見上げてくる。
「いいよ、さあ行こう」
結局意味はわからずじまいだったが、理由はこの際訊かずにその背中を優しく押した。
しかしまたさっきみたいな事が起きたら面倒なので、オーバーライドはスキッズとオートランダーを背にしてインチアップの後に続く事にした。
どうやら自分が間に入るとスキッズにちょっかいは出して来ないようだったので、そうするのが得策だと思った為だった。
手にはいまだ全く反応を示さない小型探査機。
その画面に暫く気をとられていると何やら視界の端に映る行き先を遮る物体。
反射的に立ち止まり、それが見覚えのあるダークグレーと紫色の足だと気付いて顔を上げる。
予想通り、そこには巨大なタイヤを背負った背中があった。
「どうしたの?」
「……あれ何だ?」
彼の視線の先に目を向けると、開けた窪地に広がる平地。
そこに大きく描かれた記憶にある模様。
「あれは、アトランティスの……紋様……!?」
「あとらん? なんだそりゃ??」
きっと初めて聞いたのであろう単語に当然上がる疑問の声。
てっきり地球でチップスクエアを探す上での情報だと思っていたため、あの紋様については説明はしていなかったのだ。
予想外だったが、ベクタープライムが言った事が関係してると考えると頷ける。
見落としていた。
「もしかしたら、あそこにあるかもしれない……」
「ホントか?」
発見への可能性に気が昂って、思わず走り出していた。
「お、おいっ!」
背後で驚きの声がしたが、気にせず先を急いだ。
――あるかもしれない。探しているものが。
《ピッピッピッ……》
――いや、そこにある。存在している。
反応する探査機を手に握り締めて、足元に広がるアトランティスの紋様に目を向けた。
その時、背後でした気配。
振り返ると、後を着いて来ていたらしいインチアップが反対側を向いて地べたに屈み込んでいた。
だるそうに背を丸めた姿に、少しそのままにしておこうと再び紋様へ向き直る。
直後、追い付いたオートランダー達も横に並んで同じ場所を見る。
「もうひと仕事じゃな」
その手にはどこから持ってきたのか、いつの間にかつるはしが握られている。
「さて、時間が勿体無い。行くとするぞ」
「うん、そうだね!」
目前に迫る目標に意気込む二人はすぐに下へ降りていった。
チラリと背後を見ると、さっきと変わらず屈み込んだ姿。その背中に声をかける。
「行くよ」
あの沼地探索の後で疲れてきているのはわかる。でも、まだ君の協力が必要なんだ。
「もう少しだけでいいから……」
「…………ああ」
立ち上がろうとする彼に手を差し伸べた。一瞬だけ動きを止めたが、彼は無言のままその手を取って腰を上げる。
「つうか、じいさん達あんなもん持って来てたのかよ」
視線の先には道具を持って進んでいくオートランダーとスキッズ。
「こりゃ負けらんねえな」
「そうだね」
互いに顔はオートランダー達に向いたまま会話をする。
「……お前さあ、もう少しでいいなんて言うなよ」
「ん?」
「この星の為に何かやりたいって思ってんなら、そういうのって関係ねえんじゃねえの? お前に言われてから俺は俺なりに覚悟は決めてんだ」
「インチアップ……」
だからなんつーか、遠慮いらねえよ。彼は静かに自分の想いを口にした。
「そうか。じゃあ、頑張って貰わないとね」
「おうよっ、力仕事なら任せとけ」
俄然やる気になった姿にオーバーライドは笑いを溢した。
気付いたインチアップが不思議そうな顔を向ける。
「……お前ってそんな風に笑うんだな」
「ん? 何か言った?」
小さく発せられた台詞。それは相手に伝わらずに聞き返される。
「いや、なんでもねえ。行こうぜ」
インチアップは答える事なくビークルモードへとトランスフォームし、足下の急斜面を降りていく。
釈然とはしなかったが、そのままな訳にもいかずオーバーライドもビークルモードへ変形してオートランダー達のいる場所へ向かうべく後を追っていった。
程なくして掘り起こされたスターシップムー。ここまで来れたのは協力してくれた彼等がいてくれたからこそである。
「達者でのう」
「皆に宜しくね!」
「うん、ありがとう」
喜び合う暇なく早々と出発するのに文句一つ言わない。その気遣いに感謝せずにはいられなかった。
「しくじんなよ」
腕を組んだインチアップが言う。
「当たり前でしょ」
オーバーライドが答えると、彼は嬉しげに口の端を上げる。
それ以上の言葉は必要無かった。
この飛行船で最後のフォースチップのある星まで行き見つけ出す。ただそれを遂行するのが彼等への仁義。今までの好意を決して無にしてはならない。
徐々に小さくなっていく三つの影。再び離れ行く我が故郷。それらの姿をメモリーに焼き付けてオーバーライドは決意を新たに宇宙へと旅立って行った。
『インチアップ、オーバーライドと仲良くしてよ』
『何だよ突然』
『だって仲悪いより良い方が絶対いいよ、ね!』
『うるせえな、俺の勝手だろ』
『でも結構お似合いだと思うんだけど……って、なんで蹴るの〜〜痛いよ!!』
<終>
***
インチアップの英名がDirt Bossなので泥だらけにしてみた。
最後のはスキッズがインチに蹴られていた時の会話。
「お似合い」っていうのはスキッズ的には単にコンビとして言ったつもりだったけど、インチは別の意味で取ってしまってドキッとしちゃったと。
そんなほんのり意識してるオバラインチ。
2011.11.20 up