勝者と敗者

※オーバーライドがサイバトロンに入った辺りの話。なのでオバライ姐さんは直接出てきません。


 どんな強引な方法を使ってでも先へ進みたかった。ただ、レースで勝つために。
そうする事でしか俺に目を向けては貰えないと解りきっていたから、尚更にも。
なのに、突然現れた異星の野郎に奴の興味はすっかり持っていかれちまった。
よそ者のくせしてこの星の者のようにやたらと速さに対する執着。
諦めの悪さなら俺だって負けやしないし、自分流のレースに対する情熱だってある。
なのに奴どころかあの野郎にさえ勝てない。
あの野郎と俺、一体何が違うって言うんだ。奴の気を惹いたモノ、奴に勝てた素質ってなんなんだ。
飲み込まれた砂丘の中、足りない頭でずっと一人考えていたら訳がわからなくなった。


 気が付くと、レース終了の予定時刻をとうに過ぎていた。
最後はきっとあいつらの一騎討ちだっただろう事は安易に想像できる。優勝したのはどっちなのか。
悔しいよりも情けなさが勝って、砂の中で身動き一つとれないままインチアップは気分だけの溜め息をついた。
――もしあの時、俺がじいさん達に攻撃を仕掛けなければ俺は勝てたのだろうか。単純にスピードだけでトップに立てたのか?


 不意に砂の上から微かな聞こえてきた話し声。
何やら騒がしくなったと思っている内にグイッと引っ張られて、目の前に現れた青々とした空。
「なんだあ??」
わけがわからず、砂まみれのまま情けない声がインチアップの口から出る。
視線を少し下げると、そこにはよく見知る人物がはいた。
「じいさんに、スキッズ……」
どうやらこの二人が砂の中から引き上げてくれたらしい。
それに気付いた途端、インチアップはなんとも言えない気分になった。
――勝利の為とはいえ、俺はじいさん達を撃とうとしたんだ。情けなんてかけんなよ!
「……すまねえ、世話になったな」
悪い足場から何とかのそりと立ち上がり、二人に背を向けて去ろうとする。
「これこれ、待たんかい」
「あ? 何だよ」
呼び止められて振り返る辺り、俺は馬鹿だなとインチアップは改めて思った。
「ここまでスキッズに連れてきて貰ったが、やはり体力的に限界での。お前さんにワシを運んで貰いたいんじゃ」
「何だじいさん、ヘマしたのかよ」
「エクシリオンを助けた時にちょいとな」
「…………」
出てきた名前にピクリと反応する肩。
恐らくインチアップが襲撃しようとしたあの場面の事を言っているのだろう。
結局、襲撃の事は本人達に知られる事なく、逆にホップやガスケット達に狙われて砂の中にダイブする羽目になってしまったが。
「つまり、じいさんが余計な事しなけりゃ俺にも勝機はあったかもしれなかった訳か……?」
敗因を作った大元は自分自身なのに、やり場のない身勝手な苛立ちが口をついて出ていた。
「そんな風に言わなくてもいいじゃないか!」
スキッズの高めの声が辺りに響く。
口振りからして、どうやらこいつは知っているらしい。リタイア後、観客席かどこかからモニターで見ていたのだろう。
しかしそれはオートランダーによって制された。
「お前だって二人に……!」
「良いんじゃ、スキッズ」
「オートランダー!」
「何が起きたかまではしらんが、お前さんが悔しがるのもよくわかる。どんな理由があるにせよ、お前さんにもこの星で速さを求める者、掴めそうな勝利が目の前で無くなれば無理もなかろう」
「…………」
淡々と繋がれるオートランダーの言葉。
インチアップは顔を背けて黙ってそれを聞いていた。
「それと表彰式に来れなかったから知らんじゃろうが、オーバーライドはサイバトロンの者達と共にこの星から旅立つそうじゃ」
「なに……っ!
」 思わず顔を上げる。耳を疑った。
まさか誰よりも速さを追い求めている奴がこのスピーディアを出て行くなんて。
「ガスケットとランドバレットも出てっちゃうみたい」
「優勝争いをしていた二人がいなくなり、鼻摘みコンビも去るとなれば、残った者の中で速い者は限られておろう」
「……じいさん、何が言いたい?」
尚も淡々と話すオートランダーに訝しげな顔を向ける。
「オーバーライドがな、ワシらに言ったんじゃ、この星を頼むと。その時にお前さんにも協力して貰えないかと言っておった」
「あいつが……俺に……?」
直接聞いた訳ではないが、オーバーライドから頼み事をされるなんて今までに皆無で、実感がわかずにいまいちピンとこなかった。
本当なのかさえも疑わしいが、黙ってオートランダーの言葉の続きを待っているスキッズを見る辺り、微かな確かさはあるのかもしれない。
「で、俺にどうしろと?」
「なあに、難しい事は言わん。お前さんは今まで通りただ走っとけばいいだけじゃ」
「なんだそりゃ……」
「いろいろ言うと馬鹿なお主には無理だと思うてな。誰かしらが速さとパワーを誇示しておけば、いちいち悪さを働こうとする輩も現れなかろう?」 「おい、誰が馬鹿だ誰が……」
さり気無く酷い事を言われてはいるが、出された案は少なからず真っ当で、反論する気までは流石に起きなかったようだ。
「ところで優勝したのはどっちだよ?」
「エクシリオンじゃ」
やっぱりな、と思った。浅く息を吐いて頭をかくインチアップ。
納得いかない反面、心のどこかであいつの信念に対する諦めがあったのも事実だった。
「わかったよ。この星がダメになったら俺だって困るからな。よくわかんねえけど、惑星スピーディアも危機に面してるんだろ?」
なんとなく感ずいていた。
エクシリオンやサイバトロンといった連中の言動を見ていれば、どんな鈍感野郎だって気付くはずだろう。
「頼んだぞ、インチアップ。今のところお前さんくらいしか頼れる者がおらんもんでな。年寄りと子供に全部は無理じゃわい」
「お、おう……」
頼む、と面と向かって言われて少し驚いたように目をぱちくりしながらインチアップは頷いた。
嫌な気がしないのも最もであろう。
「……あいつ、帰ってくるよな?」
「そのうち帰ってくるじゃろうて」
「帰ってくるよ絶対!」 インチアップの言葉に繰り返すように答えるオートランダーとスキッズ。
確信はなかったが、二人がそう思っている事に少し嬉しくなり、インチアップの口元に笑みが浮かんだ。
――そうさ、あいつは帰ってくる。帰ってきた時に呆れられないよう、俺達は恥じない行動をするだけだ。
「しゃあねえ、やってやるよ!」
自分なりに守ってみせるぜ、この星を。
 インチアップは腕を掲げ元気良く声を上げたのだった。


『ちゃんとワシを運んでくれるんじゃよ』
『わかってるっつの』
『優しくな』
『いちいちうるせーよ、じいさん!』


<終>


***
インチアップは最終レース終了後に砂の中から救出されてたら良い。

オーバーライドとエクシリオンが居なくなったら、残った者の中で速い者って限られてくるんじゃないかなあ。
卑怯者と言えどもレースに出場していたガスケット達も外に出ていっちゃったし。
インチアップはデストロンに入ったけどそれは肩書きだけで、惑星スピーディアに残ってたし。
優勝者と二位が不在な中で、レースが全てを制する惑星スピーディアが荒れずにまともでいられたのは、多分インチアップやオートランダー達やそういった面々が彼らなりに頑張っていたからだろうと個人的解釈。


2011.11.02 up