Electrolysis
セイバートロン星、サイバトロン軍基地内にある治療室。そこではマスターガルバトロンとの戦いで傷付いた者達がファストガンナーから診断を受けていた。
「OK、大丈夫。順調に回復しているよ」
ギャラクシーコンボイほどまではいかないが、各々大小の傷を作っており、必ずしも治療が必要であった。だが命にかかわる程でもなく、コビーや手の空いている他の仲間が手伝ってくれたのもあり、大方はスムーズにこなせていた。
しかし大掛かりなオペが必要だったギャラクシーコンボイの治療の合間に他の仲間を看なくてはならず、それ故にファストガンナーは休む暇なく動き回っていた。
「言われたパーツ、持ってきたよ」
「ありがとう、そこに置いといてくれ。こらこら、じっとしているんだ」
「まだかよ?」
小荷物を抱えて治療室に入ってきたのは手伝いをするバックギルド。かけられた声にファストガンナーは前に顔を向けたまま短く応えて、対面するライガージャックの診断を続ける。
「よし、OK。君はもう治療は受けなくても大丈夫だ」
「おお、済まねえ!」
完治を知らせると彼は嬉しげにこの場を後にする。
途端に静かになった室内に、今日の治療はこれくらいで終わりだろうと息をついた。ギャラクシーコンボイ総司令官の容態も回復に向かいつつある。あとは心配ないだろう。
さて、機材を整理しよう、と片付けをしている時に身体に感じた痛み。
「く……っ」
「……大丈夫?」
小さく声を漏らすと、すぐ側にいたバックギルドが咄嗟に反応する。声をかけられてファストガンナーは「気にしないでくれ」と返す。しかし納得していない顔がそこにはあった。
「ずっと……そうなんだよね?」
戦いが終わってから休む暇なく治療に明け暮れていたファストガンナー。彼自身の身体はいまだまともな治療が施されておらず。
転生して頑丈な肉体を手に入れたとはいえ、マスターガルバトロンにやられた時からのダメージの蓄積は計り知れないものがある。身体が蝕まれていてもなんら不思議ではなかった。
しかしそう簡単には自分で自分の治療はできないのだ。
「ファストガンナー……」
機材に向いていた背中にバックギルドが近付いていく。その後ろ姿は広くて力強くて、以前にも増してとても頼りがいがある。
だが、戦いの中で出来たいくつもの傷がそこにはしっかりと刻まれていて感じられる痛々しさ。
「自分の身体も……」
治療して、と口にしながら腕にあった一際大きい傷にそっと触れる。ピクリと反応するファストガンナーの肩。
ずっと側で見てきたから知っている。今は自分の傷なんて二の次になってしまっていること。
「ねえ、お願い……」
――貴方がダメになってしまったら、僕はどうすればいいの?
もし大切な貴方がいなくなってしまったら僕は――……。
コツン、と目の前の背中に額を寄せるバックギルド。それに応えるように、いまだ腕に添えられている相手の手にファストガンナーは自分のを重ねた。その触れた部分から今の彼の想いが伝わってくるような気がして、少し強めに握り返す。
「心配かけて済まない……」
「本当だよ」
「しかし一人では治療できないんだ」
「だからってそのままじゃ身体が……」
「……バックギルド、君が診てくれないか?」
「え……?」
ファストガンナーは手を握ったまま振り向く。少し驚いた様子の人物に微笑むと、暫くの後に「……わかった」と返ってきた。
機材を繋げて治療椅子に腰を降ろすファストガンナー。ふう、と息をついて途端に重くなった身体に、相当疲れがたまっていたんだなと初めて実感する。バックギルドが心配するのも無理はない。
彼の事だから、気になりつつも自分の技術者としての意思を尊重してくれていたのだろう。例えその先に危険が伴っていても。しかし耐えきれなくなって治療を要求してきた。
自分でも認識していなかったダメージを見抜いていた。それ程まで自分を見ていてくれていたのかと思うと、申し訳なさと共に嬉しさが生まれて。
「どうすればいいかな」
「そうだな……」
少しぼんやりしてきた頭で考える。思い当たる原因に思い当たって、ファストガンナーは自分の精密部分を露にした。自分からはよく見えない部分を手探りで辿り、目的の箇所があるだいたいの位置を目の前の人物に示す。
「この辺りに挿入口がある。その奥にマザーボードがあるはずだ」
そろりと壊れ物を扱うように触れる手。滅多に触る事のない他者のそこに興味があるのか、バックギルドは触れながら少しの間眺めていた。
慣れない手つきで探られていく精密部分。
「あっ見つけた」
マザーボードがどんなものくらいは知っているバックギルドがその姿を目にして口にする。
「でも形状がおかしいなあ」
「ああ、やはりな。どうやら電解コンデンサが液漏れを起こしているみたいだ」
見てもいないのに瞬時に状況を把握するのは流石と言うべきか。
「どうやって取り外せばいいの?」
「あの器具を使ってくれ」
言われた器具を指示されるまま扱う。ゆっくりではあったが、原因の部分を取り出せそうな所までやってきた。しかしそこでピタリと静止する手。
「あ……両手が塞がってて取れない……」
機材の扱いに長けたファストガンナー程の者ならば治療器具を上手く使い分けて難なく進めていくのだろうが、あまり知識も無く慣れてもいないバックギルドには問題となっていた。
しかも己自身の両腕にあるミサイルが細やかな動きの邪魔をしていた。難なく戦闘に身を置けるこの姿に転生して嬉しくはあったが、今の状況では少し悔しさが勝っている。
困った顔を向けてきたバックギルドに、ファストガンナーもどうするべきかとぼんやりした思考で考える。
暫くののち、何かに思い当たったバックギルドが再び器具をあてがったままのそこに目をやった。
「そうだ、手がダメなら……」
降りていくバックギルドの顔。
「お前何して……」
突然の事に何事かとファストガンナーからは疑問の声。
その声を半ば無視してバックギルドは尚も顔を降ろしたまま。ゴソゴソと何かをしている感覚だけがわかった。
そう経たずして上げられた顔。その口には液漏れした電解コンデンサがくわえられていて、ファストガンナーは驚く。
「手が使えないなら口でもいいんじゃないかなって思って」
くわえていたコンデンサを近くにあった台に軽く吐き出して言う。そして再びファストガンナーの腹部に降ろされた顔。何度かそれを繰り返していくバックギルド。
「…………」
これも確かに治療。しかし自分の腹部、精密部分に口を寄せる姿にファストガンナーは妙な気分になる。その口を重ねあう関係だからこそ尚更。次第に熱くなっていく身体。
胸部前で小さく動きながら見え隠れする頭に掌を添える。優しく撫でると、気付いたバックギルドが取り外したコンデンサをくわえて顔を上げた。
撫でていた掌をその口に近付け、コンデンサを抜き取ると一瞬不思議な表情。しかしながら、何かを察知したらしいバックギルドが口の端を上げて小さく笑う。
背筋がゾクリとした。思考の奥が痺れているのはきっと電解コンデンサがダメになってるせいだ。
「他は無事そうだから、次で終わりになりそうだけど、いい?」
「ああ、構わないよ」
君の判断に任せるよ、と伝えると、取り外し作業ののちバックギルドの頭が再び小さく動き始める。
そうして最後の液漏れした電解コンデンサが完全に取り外された。
当然のように口にくわえられたそれ。器具を床に置き、終わったよと言うかの如く、くわえたまま顔を向けてくる。
見上げてくる形になっている為か、先程から感じていた妙な気分は消えないままで。むしろその口に膨張した自分のコンデンサをくわえられていると考えると更に身体が熱くなっていく。
漏れた液体で染まった唇が鈍く光る。ファストガンナーは息を飲んだ。
何も言わずその腕を掴み、彼の身体を上昇させる。同じ高さに顔を持ってこさせて無言のまま見詰めると、絡まる視線。
一連の流れにバックギルドは抵抗の色など見せずに、全てを任せるかの様子。むしろ解っていたかのようにアイシールドの奥で目を細めるようにセンサーの光を弱めて面白げに微笑みを浮かべる。
嗚呼、たまらない。こちらから誘い手を差し出したはずなのに、いつの間にやら誘われているのはこっちで。ならばいっその事ノッてやろうとファストガンナーは考える。
「後処理が大変そうだな」
液体で濡れた口の端に軽めのキスをする。
その拍子にファストガンナーにも微かに付着した液に、バックギルドは何かを言いたげな顔。しかしその言葉を聞くことなく再び顔を近付けていく。
今度は被さるように口付けた。やんわりと唇を開かせて、くわえられているコンデンサをバックギルドの口内に押しやる。唇の感触を味わいながら中で転がしていく。
次第に遊び心が湧いて、ファストガンナーの中に移されたりバックギルドの中に戻されたり。そういている拍子に繋がれた口の隙間から小さな音で転げ落ちるコンデンサ。
あ、と一瞬気をとられて顔を離すが、間も無くバックギルドから口付けられて、ファストガンナーの意識は再び目の前の人物に向けられた。
「んっ……」
間に存在していた物体が無くなって激しくなるキスに小さく漏れる声。
漏れた液体で腐蝕していたコンデンサの欠片が互いの口内でザラリとしていたが、構わず尚も絡め合うとそれすらも小さな刺激に変化して心地良くなっていく。甘い行為はまるで互いの想いが電解されて互いに伝わっていくようだ。
いつの間にか椅子に片足を膝立ちする形で乗り上がり、ファストガンナーに被さるように口付けているバックギルド。何度も何度も重なって、深く深く求め合う。腰に手をやり優しく撫でると小さく吐息が漏れた。
そこで、何やらふと思い出した様子のバックギルドがファストガンナーから距離を作る。
「ごめん……まだ治療中なのに……」
言われてファストガンナーも思い出す。そう言えばそうだっなと自分の行動に苦笑するが、彼との蜜な絡まりに気分は程好く解されていた。
「また治療の続きを頼むよ」
微笑んで言うと、うん、と微笑みが返される。
「でもその前に」
「うわっ!」
再び腰に手を当てて、今度は引き寄せる。若干バランスを崩したバックギルドがファストガンナーの肩にのし掛かる形となった。
「ありがとう……いつも済まない……」
「ファストガンナー……?」
「君がいてくれて本当に良かった……」
「…………っ」
かけられた声にバックギルドは言葉を詰まらせる。熱くなる胸の奥。込み上げる切なさが我慢できずに、体重を預けていた肩に腕を回す。
「好き、好きだファストガンナー……」
「私も好きだよバックギルド」
「いなくならないで……」
「ああ、わかっている」
腰に添えていた手で震える背中をあやすように擦る。大きくなったこの背中は今とても小さくて、昔の彼の姿が思い浮かんで少し懐かしくなった。
「でも今度は一人でやれる自信ないなあ」
新しい電解コンデンサを掌に乗せたバックギルド。取り外すのは割と楽だったが、取り付けとなるとコンデンサを固定する腕が必要で、不安を口にする。
「他の機材扱える自信もないし、誰かに手伝って貰おうかな」
エクシゲイザーでもホップ達でも。呟くバックギルドに、椅子に座ったまま顔を向ける。
「構わないが、その前に」
トントン、とファストガンナーは自分の口元を示して伝える。そこにはまだ電解コンデンサから漏れた液体が付着している。当然バックギルドにも。
互いに同じ部位に同じ液体を付けていれば何をしていたかなんて一目瞭然だろう。
「そうだね」
新しい電解コンデンサを台の上にそっと置いて歩み寄る。再び椅子の上に片足で膝立ちして向き合った。
バックギルドが自分の指で目の前の唇を拭う。同じようにファストガンナーも相手のに指を寄せる。
次にバックギルドは拭っていた親指をファストガンナーの口の中に入れ込んだ。口内に沿って指を動かすとザラリとした感触。
「ホント、大変そう」
抜いた指にまとわりついている液体と欠片。それをファストガンナーはぼんやりした頭で眺める。
「でも、凄く良いよ。そそられる」
クスリと笑う顔。
大半の電解コンデンサが機能していない為に鈍くなっているファストガンナーの思考。その少し力の無い表情は滅多に見られないもので嬉しくなる。好きな者を好きなように先導できる悦びがそこにはあった。そう考える自分になかなか性悪だなとバックギルド。
「今は程々にな。後処理だけは済ませないと、どうなる事やら」
一連の行為が成り行きで仲間にバレるのはまあ良いとしても、漏れた電解液と腐蝕した欠片を放っておいて自分達まで錆びを作ってしまったらそれこそ厄介だ。
「でも、普段出来ない事が出来て嬉しかったよ」
相手に電気溶解液を手渡しながら口にするバックギルド。何度か口内を濯いで破棄液タンクの中に吐き出す。
「まだザラザラしてる……時間かかりそうだなあ」
「まあ仕方ないさ」
自分の口の中の感触を確認しながら言うバックギルドに、ファストガンナーは苦笑して答えた。こうなる事はわかっていたから覚悟はあったが、確かに一筋縄ではいかないようで息を吐く。
――でもこれもファストガンナーの一部って考えたら、悪くはないなあ。
口内のザラつきを舌で転がしながらバックギルドは思う。口には出さなかったが、そう思うとなんだか勿体無く感じてしまった。
あえて口内に錆を作ってみて、ファストガンナーに治療して貰うのも良いかも。なんて彼が聞いたら呆れられるだろう思惑。
バックギルドがそんな事を考えているなど知らないファストガンナーは、気だるそうに電気溶解液での処理に集中している。そんな姿を眺めながらバックギルドは目を細めたのだった。
<終>
***
電解コンデンサプレイ。滅多に出来ないプレイだからこそイイ。
こういった技術的プレイで彼らは楽しんでるイメージ。
2012.09.26 up