繋がり


「はあ……エクシリオンは無茶ばかりで参るよ……」
「あはは、お疲れ」
 いつもと変わらぬメインコンピュータールームに溜め息をつきながら入ってきたファストエイド。 バックパックが労いの声を返す。
「でもそういうの嫌いじゃない、ですよね?」
「え……?」
「そんな顔してます」
嬉しそうに言われた台詞は的を得ていて言葉を詰まらせた。
相変わらず彼の洞察力は優れている。
「どんな感じですか?」
「今、安静にさせてるよ」
集中的に治療するためにもな、とファストエイドが答えた。
そこで一つ引っ掛かるものを感じたのはバックパックだ。
「え、じゃあファストエイドは?」
話から察するに、恐らくエクシリオンに殆どの動力を使用しているのだろう。
ということはつまりファストエイドはまだ完全に治療が済んでいないという結論に達する。
「ああ私はいいんだ、まずは損傷の激しいエクシリオンを優先しなければと思ってね」
後先考えずに突っ走る傾向のある者である。
破損や劣化している部分が比較的多いだろう事は見ずとも予想できた。
しかし、そう説明された事で募るのは心配ばかり。
「でも、ファストエイドも……」
今の身体に不備な部分が全く無い訳ではない。
金属と言えども彼等も生命体、どんなに小さな不備だろうが放っておいた事が原因でいつ致命傷になるかはわからないのだ。
「大丈夫だよ、私は後からでも間に合うから」
不安げなバックパックを安心させる為にファストエイドは微笑んで応えた。
しかしあまり納得いかなかった様子で、モニターに肘をつく。
「僕のパワーフィルター……使えたらいいのに……」
ポツリと呟いた言葉。
「しかし、パワーフィルターは……」
確かに酷使していない部分は利用価値がある。
実際にそういった事例が過去に無かった訳じゃない。
だが、それはいわゆる自分の身体の中に他者の身体の一部を嵌め込む事になるのだ。
つまりパワーフィルターは体内構造の深い部分に直接接触する事となる。
それに、必ずしも拒否反応が起こらないという確証は無かった。
「ねえファストエイド、僕の使えない?」
それが何を意味しているのか、口にした本人は気付いていないらしい。
それだけ心配していた結果なのだろう。
「出来ない事はないが……」
「じゃあ、やろうよ!」
‘無理’とは言われず可能性があることにバックパックが声を大きくしため、ファストエイドは頭を抱えながら何とも言えない顔。
どうやら役に立てるのが嬉しいようだ。
そんな顔を見せられると中断させることも出来ず……。
「まずは互いに接続出来るように改造しなければならないぞ?」
「うん、いいよ。そんなの簡単なんでしょ?」
「まあ、改造くらいなら……」
むしろその先が厄介なんだがなとファストエイドは思ったが、やる気充分な今のバックパックにそんな事伝えても意味がなさそうだ。
ファストエイドは小さく息をはきながら自分の精密部分、人間でいうところの腹の辺りを開ける。
そしてパワーフィルターを取り出すと、バックパックも同じように自分のパワーフィルターを取り出した。
バックパックの精密部分は脇腹辺りで、本人は少し扱いづらそうだ。
「私達のはたいして違いが無いから、すぐ済むよ」
自分とバックパックのパワーフィルターを取り、接続部分に手を加えていく。
もともと能力差も体格差もみられない者同士、各部品にも大きな違いは見受けられず。
好都合と言えば好都合で、良し悪しの判断は下し兼ねるが、あっという間に終わったのだった。
「ひとまず完成、と。あとは接続するだけなのだが……」
「流石だなあ」
感心するバックパックに、この後の流れをどう説明するべきか悩んでしまう。
「バックパック、他者とのパワーフィルター接続の経験は?」
「そんなの無いよ」
「だろうな」
当然と言えば当然なのだが、予想通りの答えが返ってきて再び溜め息をついた。
「何が起きても耐えろよ」
「え? うん…………?」
説明するのは諦めてしまった。
少し強めに言われた台詞にバックパックは疑問を浮かべたが、ここまで来てしまったのだから仕方がない。
されるがままにバックパックのパワーフィルターがファストエイドに繋げられた。
「どうだ? 気分は悪くないか?」
「あ……うん、大丈夫みたい……」
どうやら大きな拒否反応は起きずにファストエイドはホッとしていた。
しかし、どこかソワソワし
ている目の前の人物にファストエイドがふと気付く。
「……どうした?」 「いや……なんか変な感じだなあって」
「ああ……」
無理もない、アバウトに言えば他者の身体の中に入っているも同然なのだ。
「くすぐったいっていうか……。ファストエイドもこんな感じなの?」
「いや、私のは今切っているから殆ど感じられない」
「そう、なんだ……」
少し残念そうな表情のバックパックを思わず見詰める。
「……繋げて、みるか?」
私のも、と口にしたファストエイドを今度はバックパックが見詰める。
互いに何も言わなかったが、自然と手が動いていた。
「あ……」
接続されるのと同時にじんわりと拡がるもの。
思わず漏らした声と共にバックパックの身体が震えたのがわかった。
「なんだろうこれ……さっきと違って少しピリピリする」
「互いの身体が動いているからな」
拒否反応による拒絶を回避するためにファストエイドのフィルター機能は止めていたのだが、その心配は無さそうで良かったと思う。
だが互いに全く違う個体、全てが全て同じ訳ではない。
パワーフィルターによって体内が安定していく感覚はあったが、少しだけ残る免疫抵抗が小さな刺激となって互いの体内に違う感覚を与えていた。
「でも嫌じゃないよ、なんだか中にいるって感じ」
――‘なかにいる’
その言葉に意識しないようにしていた部分が少し鮮明になって、一瞬だけファストエイドのパルスが大きく乱れた。
その乱れを正確にも拾ったバックパックのパワーフィルターが本人に伝えたのだろう。
バックパックがピクリと反応する。
それが再びファストエイドへと伝わっていく。
そんな循環が二人を巡っていた。
「ファス……ト、エイド……」
「…………」
絞り出すように出された声。
対して、なるべく相手を見ないように努めるファストエイド。
今その姿を目にしたら、きっとまともじゃいられなくなる。
「今は、耐えてくれ……」
うつ向いたままそう告げるのがやっとだった。
嫌な感覚ではないが、普段与えられない刺激は‘ある者’には少なからず心地好さとなっていく。
その‘ある者’――互いに好意を持つ者同士ならばそれが悦びに変わるのは時間の問題だろう。
その変化が起きないようにファストエイドはただ無心になるよう志していた。


「ファストエイドは今までにもしたことある?」
 接続を解除して暫く無言のままの二人だったが、静寂が我慢出来ずにバックパックが声を出した。
「まあ医者だからね、いざというときの手段に何度かは」
「ふうん」
「でも極力したくはないな」
あっさりとした反応が気になって付け加えるように言う。
気にしないようにしても、やはり気になるものは気になるのだ。
「私達は拒否反応が出なくて済んだが、拒否反応が出る場合を考えたらなかなか気が進まないからね」
「そっか、そういうの考えなきゃいけなかったね」
強制的にできない事もないが、それでは相手の身体を傷付けてしまいかねない。
そこまでする程落ちぶれてはいないつもりだった。
「でも、僕達大丈夫だったんだね」
相性いいのかも、と口にしたバックパックに思わず目を向ける。
当然の感想なんだろうが、どうしても自分の都合の良い方向にとってしまう意思回路が情けなくなった。
「これで僕が危ない時はファストエイド頼りに出来るよ?」
訊いてくる表情がどこかあどけなくて、だがどこか期待を含んでいるようでファストエイドは息をのんだ。
――いいのか?
声には出さなかったものの、その後に頷いたバックパックをファストエイドは見逃さなかった。
 溺れてしまいそうだ。
知ってしまった喜びはなかなか忘れ難いもの。
それが二人だけの秘め事に近ければ尚更。
一度やってしまった消せない事実に、浮わつかずにいられるよう願うしか今はできない。
体内に微かに残る相手の感覚を感じながら、ファストエイドはそう思うばかりだった。


<終>


***
TFG1のエリータ1登場の回参照。
コンボイとエリータ1は造り主が同じなので互いに全く同じ体内構造をしていて、パワーフィルター構造も全く同じ、接続しても何の問題も全く無かったと解釈。
対してバックパックとファストエイドといった者達は異なる体内構造をしている個体なので、接続すると必ずしも免疫機能が働くように出来ていると考えられる。
つまり体の相性によって拒否反応が起きたりしそうだなと。


ファストエイドがお腹なのは一般的に考えてここかなと。
バックパックが脇腹なのは、お腹には出っ張り部分しかなくて難しいと思ったため。胸部も扱いにくそう。というか彼は脇腹の方がそそる気がするのです。


バックパックは最初はわかっていなかったけど、途中で気付いて最後には理解して言ってるといい。


2011.11.02 up