スタースクリーム×サンダークラッカー

「あー暇だな、何か面白い事無いのかよ」
 薄暗いモニター室。少し愚痴り気味に口にされた言葉。
「待機、待機って、待つだけなんて性に合わねえんだよな」
尚も愚痴る当人に、近くにいた青い機体が視線を向ける。
「今コンドルガ偵察中、モウ暫ク我慢シロ」
言われてチッと舌打ち。
――苛々する。あんなガラクタ野郎に従って何になるってんだ。
「はっ、情報参謀さんは忠実、真面目だねえ」
嫌味を含んだ言い方に青い機体のサウンドウェーブは相手をジッと見ていたが、無言のままその顔は真っ直ぐに戻された。
「まだかかんのか?」
「ワカラナイガ、多分カカル」
「じゃ、俺はちょっと抜けるぜ」
動く時は連絡しろ、と残してスタースクリームはその場から出ていった。
 そうして何か面白い事は無いのかと基地内をブラブラしていると、とある場所でふと目に入った自分と同じ姿形をしている水色が基調の戦闘機。
「こんな所で何してんだサンダークラッカー」
添え付けの窓から外を眺めている姿に疑問を向けると、ゆっくり視線を寄越した。
「あ? 眺めてただけだが」
近寄り同じように窓の外を見るも、そこには真っ暗な海底がただあるだけだった。時々魚らしき影はあるが真っ暗である。
「はあ? なんだこれ」
何も変化の無い面白味に欠ける光景に、何でこんなもん眺めているんだと疑問どころか理解不能、不思議の域。
「お前意思回路イカれてんじゃねえの」
思わず口に出た言葉にサンダークラッカーが振り向いたが、その視線は直ぐに窓の外へ向けられる。
恐らく今までの経験上、こいつ(スタースクリーム)と言い争っても良い事なんて一切無しと判断したのだろう。
そう思われているのは慣れっこだし、今更なんてこと無いが、なぜだか今は引っ掛かった。
無言のままの相手に募る苛々。
「……何か言え」
肩を強めに握ると、しかめっ面が向けられる。
「うるせえな、嫌ならどっか行けよ」
バシッと腕を振り払われて、益々苛々。
荒々しく相手を壁に押し付けると、少し驚いた顔がスタースクリームを見る。
「なに……」
抵抗するも、壁にペッタリ張り付けられた翼に多少の動作を制されて思うように動けないらしい。
その様子がちょっと滑稽で、少しだけ気分が和らぎ口の端を上げて嫌な笑みを浮かべた。
「何も言わなくてもいいぜ。どうせ喋れなくしてやるから」
尚ももがいている目の前の顔を片手で振り向かせて固定する。そして近付く互いの顔。
しかし咄嗟に割り入ってきサンダークラッカーの手によってそれは中断させられたのであった。
「何しやがるスタースクリーム!」
力を込めて距離を作られる。
それに負けずとスタースクリームも顔を近付けようとしていた。
「黙ってさせろってんだ!」
「は? お前の方がイカれてんじゃねえの?」
再び募り始める苛々。
思い通りにならなくて駄々をこねるなんて餓鬼臭くて呆れられているだろうが、今はそんなの知ったこっちゃない。
そう思ってたのに、次に言われた事にスタースクリームの頭に血が昇った。
「航空参謀様ともあろう者がこんなんで良いのかよ」
「…………!」
カッとして動きが鈍くなった瞬間に、抜け出すサンダークラッカー。
その腕を掴もうと咄嗟に踏み出すが、更に距離を置かれる。
「逃げんのかよ、腰抜けめ」
「何とでも言え」
挑発口調で声をかけるが、厄介事は御免だと言いたげな態度を返される。
ああそうだ、コイツはこんな奴だった。
「スカイワープなら単純だから食ってかかってくんのにな」
「ならスカイワープで遊んどけばいいだろ」
お前の暇潰しになんて付き合えるか、と返しながら逃げる背中に再び湧く苛々。
何だってんだ……!
「ぜってー逃がさねえ!」
何が何だか頭の中がわからなくなって、意地でも捕まえてやると思った。
 駆け出したサンダークラッカーが走り込んだのは、サウンドウェーブがいるモニター室だった。
つまりスタースクリームにしてみれば戻ってきたということになる。
二機の戦闘機が突然騒がしく入ってきたのと、あれだけ嫌々言っていた奴が戻ってきて、サウンドウェーブの顔に少しだけ驚きの色が表れていた。
 他の仲間のいるここにいれば流石のスタースクリームでも無理矢理な暴挙には及ぶまいと思ったのだろう。サンダークラッカーは少し安心した様子で立ち止まる。
だが、今のスタースクリームにはそんなものお構い無しだった。
「隙だらけだぜ!」
「うわっ!」
素早く飛び掛かり、相手を床に倒れ込ませる。
打ち付けた拍子にグラついた意識をサンダークラッカーは持ち直して前を見ると、こちらをジッと覗き込む顔があった。
覗く、というより睨む、といったほうが正しいかもしれない。
互いの顔が近くて、先程の事を思い出したサンダークラッカーが直ぐ様手を伸ばす。
そしてスタースクリームの顔を遠ざけようと力の入る腕。
「近寄んな、離れろ!」
「うるせえ、従いやがれ!」
流石にこのままでは良くないと思ったサウンドウェーブが止めようと近付いたが、スタースクリームの次の言葉にその気がサッパリ削がれた。
「このノロマ野郎、さっさとキスさせろ!」
呆れてものも言えない、とは正にこの事だろう。
どういう経緯でそこに至ったのかは判別し難いが、恐らくいつものつまらない喧嘩の助長であり、サウンドウェーブは触らぬ神に祟りなしと判断した。
「無理矢理して楽しいのかよ」
「ああ、楽しいね」
「この変態野郎め」
「うるせえ、お前は黙って従えば良いんだよ」
売り言葉に買い言葉。続く言い合い。
 疲れてきたのかサンダークラッカーが少し力を緩めた。
その隙を見逃さずに間合いを詰められる。
ヤバイと思ったのだろう。サンダークラッカーは一度腕に最大の力を込め、少しだけスタースクリームとの距離を作る。
その瞬間に拘束が甘かった自分の両足を咄嗟に抜け出させ、スタースクリームの胸に当てた。
そして思いっきり入れられた蹴り。
「うわっ……!」
綺麗な弧を描いてその身体は飛ばされ、反対側の壁に激突した。
「てめ……何しやがる!!」
打った身体を擦りながらのそりと起き上がったスタースクリームは、しつこくもサンダークラッカーに飛び掛かろうとした。
 しかしそこに丁度現れた銀色のとある人物。
「オカエリナサイ、メガトロン様」
サウンドウェーブの言葉に、睨み合っていた両人は出入り口に目を移した。
「メガトロン様……!」
「チッ……」
我らがリーダーが現れれば流石に突っ掛かかる行為には及ばず、サンダークラッカーは少し嬉しげな声で名を呼ぶ。
対してスタースクリームは邪魔な奴が来た、と言いたげな態度だ。
「何をしていたかは知らんが、程々にしとけよスタースクリーム」
何やら争っていた事はバレていた様子。
「はいはい、わかりましたよ。っていうかサンダークラッカーも同罪でしょうが」
自分だけが名指しされた事が気に食わなかったようにスタースクリームは答えた。
「日頃の行いの違いだろう?」
ニヤリと勝者がするような笑みを向けられてスタースクリームはムッとした。
――畜生、いつか絶対痛い目見せてやる。
いつもの様に密かにそう思っていた事はまた別の話。
 コンドルが戻ってきた後、メンバーを確認してメガトロンが考えを伝える。そして告げられる役割。
「サウンドウェーブとサンダークラッカーは今説明した場所へ。スタースクリームはワシと来い」
「任せてください」
「承知シマシタ」
「ケッ、りょーかい」
そうして各々のメンバーは海底基地から空へ飛び立って行ったのだった。


 数日が過ぎた頃。
再び何か面白い事は無いものかとスタースクリームが基地内を進んでいると、滅多に使われていない通路に微かに明かりが灯されている事に気付いた。
――もしかして敵……サイバトロンの奴らか? だとしたらかなり厄介だ。
慎重に進み、行き着いた先は今は使われていない端にある部屋。
気配をなるべく隠してソロリと中へ入る。
気配を探るもわからず、仕方なく声を出した。
「おい! 誰かいるのか!!」
「…………こっちだこっち」
少しの間を置いて返ってきたのは聞き慣れた低音だった。
「サンダークラッカー……!」
出入り口から右奥、その床に微かにシルエットが認識できる。
どうしてこんな所に、と疑問に思ったが、ああそうだコイツだった。
目を凝らして室内を見ると、端に位置するだけあってか大きな窓があった。
窓と言うよりは、その壁の部分が透明な材質で作られていると言った方が正しいか。
広範囲に及ぶそこからは、薄暗い海中が今いる場所から動かずとも難なく見て取れた。
今は地球時間でいう昼の時間なので、ほぼ真上にある太陽の光が海中に入り込み、魚の影をより強く落としていた。
 暫くしてサンダークラッカーの元へ歩み寄るスタースクリーム。
暗さに慣れてきた視覚センサーが少しハッキリと相手の姿を捉える。
自分の枕元に立たれている事に気付いたサンダークラッカーが少し警戒して顔を向けた。
「…………」
「…………」
視線は合わせた状態で、お互い無言のまま時間だけが過ぎていく。
この沈黙が、次にどんな憎まれ口を叩くのか、そう思わずにいられない気持ちをサンダークラッカーに強めさせた。
しかしそのまま枕元に座り込まれたため、少し驚いたサンダークラッカーが口を開く。
「なんだあ?」
尚も合わさっている視線は何なのか。
「お前、こんな所でサボってばかりいたら、そのうちメガトロン様に叱られるぜ?」
「はあ?」
そんな事を言うために?
自分良ければ全て良し、なスタースクリームである。
まさか注意を促す目的でコイツがわざわざ近寄って来たなんて考えにくかった。
 だが無意味に突っ掛かって来る様子は無く、警戒を解いたサンダークラッカーは視線を外して外を眺める。
その姿にスタースクリームは小さな溜め息。
「好きだねえ、よく飽きもせずに」
ただの海水を眺めて何になるのか。
同じ位置で同じように視線を向けるも、心境までは同調できない。
「嫌なら出て行きゃ……」
「嫌なんて言ってねえだろ」
出された言葉を遮るように返され、サンダークラッカーは再び相手を見た。
「お前、オーバーヒート起こしてんじゃねえの?」
そう思われるのは最もだが、言われてスタースクリームは顔をしかめる。
「うるせえ、黙って眺めとけ」
「いてっ」
グイッと掌で顔を外に向けられてサンダークラッカーは小さく声を漏らした。
かと言って反論する気はないようで、また沈黙が舞い降りる。
 相変わらず海中を眺めているサンダークラッカー。
対してスタースクリームはと言うと、海中には既に興味は無く、というかむしろ初めから興味は無かっただろうが、自分の足元を眺めていた。
自分と同じ顔、同じ体型、割合と配色は違えど同じ色を持つ人物。
なのに性格は全く違う。不思議な気がした。
どうしてこんなにも気になるのか。
 やっと視線に気付いたらしいサンダークラッカーが振り向く。
「今度は何だよ」
「いいや」
答えなど探しようもない事を考えている自分が可笑しくて、口端を少し上げて返した。
そんな姿が不思議だったのだろう。サンダークラッカーは口をポカンと開けていた。
「間抜け面」
「お前も一緒だろ」
憎まれ口。いいや、そこには憎しみなど存在していなかった。ただの言葉返し。
その一連にちょっとだけ居心地の良さを感じてしまい、スタースクリームは参ったなと息を吐く。
苛々は、しない。むしろ今は少しソワソワしてしまって。
「わっかんねー」
ボソリと呟かれた事に、サンダークラッカーが疑問を向けるより先に近付いてきた相手の顔。
己の意思回路はそれを拒否せずに受け入れた。
ゆるりと重なり合う互いの唇。
「今日は蹴飛ばさねえのな」
一度離れたスタースクリームが思った事を口にする。
「無理強いれなけりゃいいんじゃねえの?」
自分の事なのに疑問符。誰に訊くわけでも無くサンダークラッカーが言う。
ふうん、とだけ応えてスタースクリームは再び顔を近付けていった。


<終>


2011.11.02 up